2026/6/6
田中区政の数ある実績の中でも、最も大きな成果の一つが「阿佐ケ谷駅北東地区まちづくり」と、それと連動した「河北総合病院の移転改築」です。これは、令和7年(2025年)7月1日に新病院がスタートを切り、全国の自治体関係者から注目される事業となりました。
近年、全国で老朽化した病院の改築が頓挫し、閉院に追い込まれるケースが相次いでいます。お隣の武蔵野市でも病院問題は大きな課題になっています。
その背景には、コロナ禍による患者離れがなかなか回復しないこと、人手不足による人材確保のための費用負担の増加、資材高騰による建設費用の急騰──こうした構造的な問題があります。
医療収入は公定価格なので、これらの人件費・建設費の増加分を、簡単には価格転嫁できないのです。
こうした困難な環境の中で、河北総合病院の移転改築を可能にしたのは、田中区政時代に策定された「阿佐ケ谷駅北東地区まちづくり」でした。
この計画の核心は、杉並区、河北総合病院、そして地主のAさんという三者が共同施行者となり、土地区画整理事業を進めるという、極めて画期的な手法でした。
特に、地主Aさんが所有する「けやき屋敷」を病院建て替え用地として提供してくださったことが、決定的に大きな意味を持ちました。これにより、仮設施設を一切使うことなく、移転改築を可能にする道筋がついたのです。
通常、老朽化した病院を建て替える際には、
1. 仮設病院や仮設校舎・校庭の用地を確保
2. その土地に仮設施設を建設
3. 仮設施設に病院事業や学校教育を移す
4. 既存施設を解体してそこに新施設を建設
5. 新施設が竣工したら、事業を仮設施設から新施設に移動
6. 最後に仮設施設を解体
という手順を踏みます。この方法は極めて高コストで、時間もかかります。
ところが、阿佐ケ谷駅北東地区まちづくりは、仮設施設を一切用いずに移転改築する計画。これは、地主Aさんの理解と協力なしには到底実現し得ない事業でした。
河北総合病院の近くには杉並区立杉並第一小学校(杉一小)があります。同じ地域の二つの老朽化した施設を、それぞれ一日も休業することなく改築する──この極めて難しい課題に対し、田中区政は粘り強い交渉と緻密な計画で応えました。
この大事業を可能にしたのは、結局のところ「杉並区、河北総合病院、地主Aさんの間の"信頼関係"」でした。地元の理解、そして関係者全員の信念がなければ、ここまでの計画はまとめられませんでした。
田中良は当時、関係部署の職員全員を招集し、たった2人を除く全員が「本当にできるのか」と難色を示す中、「これしかない、やるべきだ」という確信で計画実行を決断したと言います。
その判断が正しかったことは、令和7年に開院した新しい河北総合病院の姿が証明しているのです。
田中良は語ります。「"まちづくりは道から"」──最も重要な基盤になるのは道路の整備です。
阿佐ケ谷駅北東地区まちづくりに伴って、計画エリアの利用価値を高めるための道路付け替えや拡幅が行われ、エリア内の土地が整備されました。
これにより、道路の安全性と地域の防災力が格段に向上し、中杉通りからの救急車の搬入もしやすくなりました。
阿佐ケ谷の未来を100年単位で見据えた田中区政の判断は、これからも杉並区民にとって大きな財産になり続けるはずです。

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タナカ リョウ/65歳/男
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