さとう しゅういち ブログ
戦犯釈放と核被害過小評価 日米「沈黙の取引」が残した戦後の歪みを、広島から問い直す
2026/8/7
https://www.youtube.com/live/3E0_t1KwJtw?si=cjQIUfXnZ6rWGutO
戦犯釈放と核被害過小評価 日米「沈黙の取引」が残した戦後の歪みを、広島から問い直す昨日は広島が一年で最も深く息をする日。だが、その静けさの底には、戦後日本が「なあなあ」で済ませてきた巨大な構造が沈んでいる。私たちは、その構造のツケを、いまも行政の現場で支払い続けている。
◆ 戦犯釈放と“核批判の自粛”――戦後の出発点にあった沈黙の取引
戦後日本は、米国との間で「沈黙の取引」を結んだ。米国は日本人戦犯を大量に釈放し、日本は原爆投下やビキニ水爆実験への批判を控えた。高橋博子・奈良大学教授が指摘するように、これは史料に裏付けられた構造である。
https://www.nara-u.ac.jp/faculty/history/news/406.html
原爆投下の違法性を問われたくない米国
戦犯助命を望む日本政府
冷戦の前線基地として日本を利用したい米国
旧軍人・官僚の復権を急ぐ日本政府
利害が一致した結果、核被害の実態は沈黙され、戦争責任の総括は不十分なまま終わった。この「八百長の構造」が、戦後日本の行政文化の原型となった。
◆ 沈黙のツケ:米国は“殴れば感謝される”と誤解し、日本は“なあなあ行政”を固定化した
● 米国の歪み
日本が沈黙したことで、米国は「暴力が正義になり得る」という誤解を強めた。その延長線上に、
ベトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争やイランのモサデク政権打倒、チリのアジェンデ政権打倒などがある。
「民主化すると称してぶん殴れば感謝される」と勘違いしたまま、世界を殴り続けた。
● 日本の歪み
一方、日本は戦争責任の総括が不十分なまま、行政文化が固定化した。誤りを認めない
記録を作らない
住民の声を聞かない
形式だけ整えて中身は空
反対意見は「聞いたふり」
行政の体面が最優先
本誌が広島で見てきた行政の問題――高校再編、巨大病院、土地の等価交換、呉支所事件――これらはすべて、この戦後構造の“別の顔”である。
◆ 広島は、この構造のツケを最も強く受け続けている
広島は、核の影を最も深く知る街だ。だがその影は、過去のものではない。行政の奥底に沈殿し、現在の意思決定にも影響を与え続けている。原爆の残留放射能を過小評価した戦後の姿勢ビキニ被害の実態を隠した外交構造情報公開の「存否応答拒否」公文書の不作成・破棄住民参加の形骸化行政の自己防衛文化本誌が呉支所事件で見たものは、戦後日本の構造の“末端の再現”だった。広島は、そのツケを最も強く受け続けている都市である。
◆ いま必要なのは、沈黙の取引を終わらせることだ
戦後日本は、「戦犯助命」と「核被害の沈黙」を交換し、その沈黙のまま70年以上を過ごしてきた。その結果、米国は暴力を正義と誤解し、日本は行政のなあなあ文化を固定化し、広島はその歪みを最も強く受け続けている。8月6日。広島が静かに息をするこの日にこそ、私たちはこの「沈黙の取引」を終わらせる必要がある。核の影を見つめ続けてきた街だからこそ、戦後の歪みを問い直す責任がある。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男