さとう しゅういち ブログ
■ 事故は「ながらスマホ」では終わらない 新名神事故で会社を行政処分
2026/7/28
■ 事故は「ながらスマホ」では終わらない
三重県の新名神高速道路で、渋滞の列に大型トラックが追突し、子ども3人を含む6人が死亡した。
運転していた女性運転手は「ながらスマホ」が直接の原因として起訴されている。
しかし、この事故を“個人の過失”として片づけることはできない。
中国運輸局が広島市安芸区の運送会社「HIROKI」に対して行った特別監査では、48件もの法令違反が確認された。
勤務時間・拘束時間の基準違反、点呼の虚偽記録、休憩施設の未整備──いずれも運送業の安全管理の根幹に関わる重大な違反である。
行政は「違反が事故につながった可能性は高い」と述べた。
これは、事故の背景に“構造的必然”があったことを示している。
■ 安全文化の崩壊が、個人のミスを致命傷に変える
運送業の安全は、運転手の注意力だけで守られるものではない。
適切な休息、正確な点呼、無理のない運行計画──これらが揃って初めて、長距離輸送の安全は確保される。
しかしHIROKIでは、
点呼をしていないのに「した」と記録する
複数の運転手で拘束時間違反が常態化
休憩施設が整備されていない
など、安全文化そのものが崩壊していた。
制度疲労が蓄積した環境では、個人のミスは増幅される。
“ながらスマホ”は引き金であって、事故の土台は会社の管理不備が作っていた。
■ 広島の物流が抱える構造疲労
広島の地場物流は、中小企業が多く、人手不足と荷主の要求の板挟みにある。
高齢ドライバー比率も高く、労務管理の専門性が不足している。
今回の事案は、広島の物流業界が抱える制度疲労の一端が露呈したものだ。
「人が足りないから、無理をする」
「無理をするから、仕組みが形骸化する」
「形骸化した仕組みの中で、事故が起きる」
この波形は、鳥取の高校野球部輸送事故とも、全国の公共交通の疲弊とも重なる。
■ 必要なのは“個人責任”ではなく“構造の総点検”
今回の行政処分は、事業停止30日と車両176日分の使用停止という重い内容だ。
しかし、処分は「事故を起こした会社への罰」ではなく、
制度疲労を放置すれば、同じ事故が再び起きるという警告である。
求められるのは、
労務管理の徹底
点呼制度の再構築
荷主との適正な取引関係
地域物流の持続可能性の議論
であり、個人の過失を責めるだけでは何も変わらない。
■ 結語
新名神の事故は、偶発ではなく必然だった。
安全文化が崩れた組織では、誰が運転しても事故は起きる。
広島の物流の制度疲労を直視し、構造の総点検を進めることが、亡くなった6人への最低限の責務である。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男