さとう しゅういち ブログ
藤田和恵さん × はんどう大樹さん ダブル講演会レポート
2026/5/25
◆庶民革命ひろしま機関紙
藤田和恵さん × はんどう大樹さん ダブル講演会レポート
―「政府に人権を守らせる」広島に必要な視点を共有した一日―
■国際人権と憲法――異なる入口、同じ核心
5月24日、広島弁護士会館で開催された藤田和恵さん(国際人権)とはんどう大樹さん(憲法)のダブル講演会を取材した。
分野は異なりながら、両者が強調したのは 「人権とは、市民が政府に守らせる義務である」 という一点である。
- 国際人権 は国家に対して「守れ」と要求するための国際的な道具
- 憲法 は国家権力を縛るための国内のルール
この二つが重なると、
「市民が声を上げることこそが、社会を健全に保つための権利であり責任である」
という当たり前の原則が浮かび上がる。
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■広島の“平和”が抱える構造的な問題
講演を聞きながら、私は改めて広島の現状を痛感した。
広島では長年、
「平和=波風を立てないこと」
という誤解が行政にも市民にも根強く存在している。
その結果、
- 公文書偽造
- 官製談合
- 情報隠し
といった問題が起きても、
「平和都市なんだから黙っとれ」
という空気が市民の口を塞いでしまう。
平和宣言が立派であればあるほど、
行政の不正が見えにくくなるという逆説的な構造がある。
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■人権が“市民同士の糾弾”に矮小化されている問題
もう一つ、広島だけでなく全国的にも深刻なのが、
人権が市民同士の攻撃の道具になってしまう現象 だ。
- 差別反対
- ジェンダー平等
これら本来重要なテーマが、 『市民同士の思いやり』に矮小化されたり、酷い場合には「個人糾弾」へと変質し、 その反動で差別的言説が再生産されるという不毛な循環が起きている。
藤田さんとはんどうさんの話は、
この悪循環を断ち切るヒントを示していた。
人権とは、市民同士を裁くための言葉ではなく、政府に義務を負わせるための仕組みである。
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■広島に必要なのは「優しい市民」ではなく「権利を理解した市民」
講演会を通じて明確になったのは、
広島に必要なのは“おとなしい市民”ではなく、
権利を理解し、政府に説明責任を求める市民 だということだ。
平和とは沈黙ではない。
平和とは、権力に対して声を上げる自由が保障されている状態である。
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■庶民革命ひろしまの立場から
庶民革命ひろしまが一貫して訴えてきたのも、
まさにこの「市民の権利の回復」である。
- 公文書偽造の徹底解明
- 官製談合の構造的問題
- 県政・市政の透明化
- 百条委員会の設置要求
これらはすべて、
「政府に人権を守らせる」ための具体的な行動 である。
今回の講演会は、広島の市民社会が再び立ち上がるための重要な一歩となった。
さとう しゅういち
サトウ シュウイチ/50歳/男