2026/5/16
「白バスではなかった──だからこそ、学校の責任が問われる」 北越高校バス事故 “安全管理の空白” https://www.youtube.com/live/hDhbJN4l69o?si=VF2dKbLk7i6xJ7WA
@YouTubeより
「白バスではなかった──だからこそ、学校の責任が問われる」
北越高校バス事故が突きつけた“教育現場の安全管理の空白”
皆さん、こんにちは。佐藤周一です。
今日は、磐越道で起きた北越高校のバス事故について、重大な新事実が明らかになったのでお話しします。
国土交通大臣は会見で、こう述べました。
「契約書の借受人は北越高校。高校がレンタカーを使用し、自ら行った運送行為である」
つまり、今回の事故は、
白バス問題ではなかった。
もっと深刻な、学校自身が運送主体となっていた事故だったのです。
■ 第一の問題:運転者の選任責任
学校が主体となる以上、
運転者の適格性
健康状態
運転歴
車両点検
行程管理
これらはすべて、学校の責任です。
しかし実際にはどうだったか。
運転していたのは、
「知人の知人」。
免許返納を警察から二度勧告され、事故歴も多い人物。
学校はその人物を、何の確認もなく、生徒の命を預ける運転者にした。
これは、管理ではありません。
放置です。
■ 第二の問題:教員が同乗していなかった
さらに重大なのは、
教員が一人もバスに乗っていなかったことです。
学校が主体となる運送行為で、
生徒だけを乗せて高速道路を走らせる。
これは、教育現場の常識から見ても、
安全配慮義務の観点から見ても、
あり得ない。
シートベルトの確認もできない。
運転者の状態も見られない。
緊急時の判断もできない。
これでどうやって、生徒の命を守れるのか。
■ 第三の問題:説明の食い違い
学校は「バス会社のバスだと思っていた」と説明しています。
しかし、蒲原鉄道の前社長はこう言っています。
「学校はウソを言っています。顧問がレンタカーを運転して遠征するのは当たり前だった」
どちらかが虚偽を述べている。
そしてその矛盾の中で、
生徒が命を落とした。
これは、絶対に曖昧にしてはならない問題です。
■ いま必要なのは「白バス批判」ではない
今回の事故が示したのは、
白バスの問題ではありません。
学校の安全管理の空白。
部活動の移動を“善意”に丸投げしてきた日本の構造そのもの。
この構造を変えない限り、
同じ悲劇は必ず繰り返されます。
■ 私たちが求めるべき改革
私は次の三点を強く訴えます。
① 部活動の移動は学校の公式責任として制度化すること
② 教員不在の移動を禁止する法的枠組みを作ること
③ 運転者の適格性確認を義務化し、外部委託は透明化すること
生徒の命を守るために、
これは最低限のラインです。
■ 最後に
事故は「不運」ではありません。
構造的な怠慢の結果です。
そしてその怠慢を正すのは、
私たち大人の責任です。
生徒の命を守るために、
教育現場の安全管理を根本から見直す。
その声を、ここ広島から上げていきましょう。
佐藤周一でした。
契約書では北越高校がバスの借受人「高校がレンタカーを使用し自ら行った運送行為」金子国交大臣が会見で明かす 磐越道バス事故
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/契約書では北越高校がバスの借受人-高校がレンタカーを使用し自ら行った運送行為-金子国交大臣が会見で明かす-磐越道バス事故/ar-AA23eo8e?ocid=socialshare#comments
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