2026/7/15
板橋区の「防災会議」の
女性委員が少ないことについて、
これまでも何度か取り上げてきました。
どうしても参加者が当て職が多く、
当て職だけでなく区長がokすれば
参加できる事を提案し、了承されていますが、
実際には機能していません。
避難所への「女性の視点」の大切さは、この16年言い続けて来ました。
これは復興計画にも大切な視点です。
私が議員となったのは、
2011年東日本大震災の直後です。
その時からずっと災害の現場、
防災に女性の視点をと言い続け、
取り組み続けています。
その中で様々な事を学びました。
それらをまとめたのが #女性による女性のための災害対策ハンドブック。
元々は、板橋区がハンドブックを作っていましたが、
作らなくなりコピーもせず。
議会で再度の配布を求めても、
予算を理由に動きませんでした。
そのため、自分の「政務活動費」を利用し
情報を刷新し、改めて作成し、
今も配布し続けています。
女性の…と言いつつ、
実は男性にも読んでほしい。
男性にこそ読んでほしい。
女性が言いづらいことを、
男性に理解して欲しいから。
話は戻り、
初めて「防災会議」の
女性の人数を取り上げたのは、
2013年の2月の調査特別委員会、その年の10月も決算で取り上げています。
その後も何度も取り上げてきました。
ところがある時、ある担当課長に
「そんな質問するの五十嵐さんくらいですよ」と言われ驚きました。
異動で課長が代わり、
現場で理解が受け継がれていない現実を痛感しました。
だから言い続ける。
言い続けなければ、と思いました。
「女性の視点」の大切さ。
東日本大震災の後に議員になったと言うこともあり
災害について、
本当にたくさんの質問や要望をしてきました。
ある日
「女性の視点は大切だと思うのですが、何が女性の視点なのかわからない」
と担当課長に打ち明けられ、
具体的に言うことが必要と気がつきました。
それ以降は、
具体的に例示しつつ話してきました。
例えば備蓄について。
「哺乳瓶を備蓄している」
と言っても、
・サイズはどうなのか、
・チクビの種類は赤ちゃんの月齢に合わせて複数揃えているのか、
・哺乳瓶を洗うのはどんな方法なのか
・ミルクの種類は
… 等など、細かく確認すると、
月齢によって必要なものが違うこともご存知なかったことがわかりました。
当時、危機管理の部署には
女性が一人もいなかったのです。
そこでまず、女性の配置を求めました。
今では女性がいるのが当たり前になっています。
私が外部で学んできたことも共有しました。
当時の部課長たちは
真摯に対応して下さったと改めて思います。
大きな災害の後は、
やはり気持ちも引き締まります。
が「喉元過ぎれば熱さを忘れる」で
時間が経ち、
異動で人もどんどん入れ替わると、
せっかく築きあげ、できていたもの、
理解されていたものが、
その理解さえ薄まってしまいます。
そして日本は地震が活発な時期となっています。
#備えよ常に。
現実、今も家事や育児、介護を支えているのは女性。
その女性が居やすい避難所は
誰にとっても居やすいものとなります。
性被害も深刻です。
様々なことが
「こんな時なんだから我慢して当たり前」
となり、避難所が辛い場所とならないように。
人権が遠い避難所をなくしたい、
そう思います。
女性の視点は大切です。

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