2026/5/28
現在、子どもたちを取り巻く社会環境は大きく変わり、今後教育の果たすべき方向性も変化が必要だと感じます。先日、中学校の体育祭に行かせていただきましたが、私たちの頃とは競技も様変わりし、騎馬戦や組体操などケガを伴う種目はなくなり、また個人競技の徒競走なども全体リレーや選抜リレーなどに代わり、団体競技が主流となっています。
スポーツの目的は、「楽しむため」なので順位や優劣を決めるのは好ましくないとの意見もある一方、勝敗や努力など今後の人生において学ぶべきこともあるとの両論があることも現実です。東京都北区においては競技の内容や時間は、小中学校の学校ごとでさまざま検討され、個人競技を残すところなどもあります。どちらが正解なのかむずかしい問題だと感じます。そこは教育の目的をしっかと踏まえ、実施されることが重要で、個人的には「生きる力」をつけるにはどうすれば良いかを考え検討すべきだ考えます。
ちなみに先日訪問した北区にある東京国際フランス学園の文化祭でお伺いしましたが、体育祭や部活動はなく入学式や卒業式などのイベントもないとのことで、文化の違いを改めて認識いたしました。
そこで今後生成AIが進展する中、日本における教育も変わらなければならない過渡期だとも感じます。ある教育の識者は、「日本の教育の学力観・あるいは授業感を変えなければならない」といい、「学級崩壊が起きるのも不登校が増えるのも、結局は人と人のつながりが希薄だから」といいます。「現在の日本の教育界がもつ「授業感」は子どもの実情と大きな開きがあり、具体的には授業は黙って聞くという教師の価値観と子どもの価値観のずれ、伝えることが授業という伝達中心の授業観と体験型授業観のずれ、教師の一方通行型のコミュニケーションと双方向のコミュニケーションのずれがある」といい、参加型の授業、社会化する教室、対話型の授業を推奨しています。
現在、現場では教員の方も大変多忙な中、子どもたちのために一生懸命取り組んでいただいていますが、日本の教育観自体を検討しなければならない時期に来ているかもしれません。現在の価値観は明治以降、主に高度経済成長期に形作られた「均質な人材を効率よく育てるための制度」と言われることもありますが、社会自体の価値観も変えて行かなくてはならないと考えます。
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