2020/12/14
杉並区立杉並芸術会館(座・高円寺)を独占・私物化している一部の演劇人たちの「自画自賛」、看過できません。
先月13~22日に、この区立劇場1階ホールで行われた、常連劇団「燐光群」の公演『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』。
この劇場の指定管理者、NPO法人劇場創造ネットワークによる「提携公演」です。
作・演出は、この劇団の主宰者である坂手洋二氏が担当しています。
坂手氏は、同NPO法人の理事であり、また、この劇場とパートナーシップ協定を結ぶ日本劇作家協会(会長 渡辺えり氏)の劇場部長でもあります。
氏は、この劇場の芸術監督 佐藤信氏と並んで、オープン以来、ここを独占・私物化し続けている演劇人の筆頭格。
オープン時は、坂手氏が同協会の会長でした。
彼ら一部の演劇人に、いまだに騙され続けている杉並区。
相変わらず、一般の杉並区民を排除して行われる指定管理者の「提携・主催公演」を「質の高い舞台芸術」などと呼んでいます。
さて、この『拝啓天皇陛下様 前略総理大臣殿』、公演期間の最中である19日に出演者の病気降板があったことは、すでにお伝えした通りです。
この出演者にお見舞いを申し上げ、早期快復をお祈りしつつも、この降板を受けての劇団の対応には問題があることを指摘しました。
まず、第一に、降板の報告、お詫び、また払い戻し等に関する告知を、この劇団は21日付けで劇団サイトに載せています(劇場サイトでは、19日付けで告知されています)。
この俳優が出演しているからこそ、この公演に来場した観客は、19日の降板決定から21日の告知掲載に至る数日の間にも、当然おられたことでしょう。
降板したのは主役クラスの俳優ですから、なおさらのことです。
こうした観客は、劇団が告知を怠ったために、目当ての役者が見られなかったことになります。
これは、この劇団の制作体制がまともに機能していないことを証明しています。
演劇を構成する最も重要な要素、それは他ならぬ観客であることを、この劇団は理解していないのです。
また、降板した出演者の役を、作・演出の坂手氏が、「舞台の端の椅子に腰かけて動かず、台詞を発する時だけ、手に持った台本を読む」という形でやり過ごしたというのも、随分お粗末な話だと思います。「質の高い舞台芸術」としては、大いに疑問を呈しておかねばなりません。
出演者は他に何人もおり、演出助手まで複数いて、なぜもっと「まともな代役」を立てられなかったのでしょうか?
病気降板はやむを得ないとしても、「なるべく降板前に近い内容を届ける」ことは、同じ観劇料を観客から徴収する以上、プロとして当然求められる誠意だったのではないでしょうか?
実際、降板後の公演を見たという区民から、
「はっきり言って、とても分かりにくかった。ただでさえ、過去の兵隊作家と現代の財務省職員という、かけ離れた二役が重ね合わされている難解な役なのに、なぜ、こんな中途半端な措置しか取り得なかったのか。他の俳優も、降板者が出演しているとの前提で演技をしているので、せめて降板者の動きがないと、何が何だか分からない。」
「アフタートークで、ゲストの映画監督が、この措置を『かえって良かった』などと褒めていたが、この映画監督は坂手氏のお友達だろう。杉並区は、こんなお手盛りの感想を鵜呑みにすべきではない。」
との声も頂いています。当然のことです。
この劇場を独占・私物化している一部の演劇人たちの「自画自賛」、恥ずかしい限りです。
なお、坂手氏は自身のブログで、
「私は、語り部として、降板者のいたポジションを担います。舞台上の俳優たちが降板者との共演を続ける限り、私もまた、その存在を内在化させているのです。一種の憑依であり、存在を重ね合わせています。まるで『複式夢幻能』の現在形のようです。」
などと、よく分からないことを述べています。
自分の姿を、舞台の端に腰かけてじっと動かない能のワキにでも例えたいのでしょうか。
きちんとした代役も立て得ない演出家としての限界をごまかすために、憑依だの夢幻能だの、訳の分からぬ御託を並べて区民や行政をたぶらかすのはいい加減にやめたらどうかというのが、私の率直な感想です。


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