2026/4/19
17日、砂防会館へ、古賀誠先生を訪問致しました。古賀誠先生(元自民党幹事長)とは、九州福岡県立山門高校の同窓で大先輩にあたります。
いつも選挙を終えると、当選報告に行きます。この度は、町田市議選挙の5期目当選報告に行きました。
訪問しますと大変に喜んで頂き「良く頑張ったね!これからも町田市のために是非、全力で邁進して下さい」と祝福の言葉を頂きました。
心から感謝致します。
高校の大先輩である古賀誠先生は九州福岡県の選挙区から衆議院選挙に初出馬された時は次点惜敗され、その時に上京されて、時の大平正芳元総理に指導を仰がれました。
古賀誠先生は「私は地盤、看板、カバン無しです。父は戦争でレイテ島で亡くなり母が女手ひとつで行商で姉と私を育ててくれました。選挙を闘うには厳しいものがあります。」と、
すると元大平首相は、
「素晴らしいご両親だ。君のその貧苦の体験が国民の苦しみに寄り添えるから、明日から又、地元に戻って頑張りなさい」との激励に大変に感動され、直ぐに翌日から全力で地元を回られたとの事です。
すると7ヶ月後に国会が解散し総選挙になり、その総選挙の最中の昭和55年6月12日の
衆参同日選挙の選挙期間中に、大平元総理は、現職の総理大臣のまま逝去されました(享年70歳でした)
古賀誠先生は上京して元大平首相に是非、お悔やみ申し上げたいと言われましたが、元大平首相の側近から「上京してはならない!今こそしっかり選挙を闘い当選する事が先生への恩返しになる!」
と言われ、選挙中に、涙をのんで闘い、その結果なんと、トップ当選でした。それから10期目まで全力で代議士を務められました。
元大平首相の命日は6月12日で、古賀誠先生は毎年、お墓参りを欠かされずに、ご供養されています。
私は古賀誠先生のこの選挙に掛ける並々ならぬ熱い思いと行動力を知り、素晴らしい大先輩を頂き、私も九州から結婚で上京し町田市に住み約、34年です。この町田市で5期目を市民の皆様から負託を受けて当選させて頂きました。(親戚が1件もない町田市で、市民の御役に立ちたいと、がむしゃらに頑張りましたが、初出馬は次点惜敗でした。44才でした。4年間の浪人生活で頑張り、2度目の出馬で初当選は48才。)
これからも、全力で町田市民の住み良い町田を目指して頑張ります。ご支援を何卒宜しくお願い申し上げます。
#松岡みゆき #町田市議会#古賀誠代議士
#大平正芳総理#砂防会館


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