2026/8/16
木古内に行っていたため一日遅れましたが、昨日8月15日は終戦の日でした。
私は昭和44年生まれの56歳ですが、両親が比較的歳をとってからの子どもだったこともあり、父は昭和5年生まれ、母は昭和11年生まれでした。
母は大連生まれ。
母の父、つまり私の祖父は満州鉄道に勤めていましたが、先の大戦で出征し、帰らぬ人となりました。
写真は、祖父と祖母、そして幼い頃の母と叔父です。
私は祖父に一度も会ったことがありません。
でも、この人が懸命に生きてくれたからこそ、母が生まれ、私が生まれ、そして今、私の二人の娘がこの世界にいます。
私が生まれてから今日まで出会ってきた、たくさんの人たち。
いただいてきた、数えきれないほどの温かいご縁。
そのすべてが、祖父がここまで命をつないでくれなければ、存在しなかったものなのだと思うと、不思議な気持ちになります。
私たちは、自分一人の力でここにいるのではない。
たくさんの先人たちが懸命に生き、命をつないでくださった、その先に今の自分がいる。
懸命に生きてくれたおじいちゃん、おばあちゃん。
そして、私の母をこの世に送り出し、育ててくれて、本当にありがとう。
終戦の日を昨日迎え、改めて自分につながれてきた命に感謝し、その命をどう生き、次の世代へ何をつないでいくのかを考えます。
ちなみに写真の真ん中が当時4歳になったばかりの母と「満一年四ヶ月」の叔父。

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