2026/8/16
8/14〜16の3日間、笠間を離れ、北海道・木古内町へ行ってきました✨
今回の目的は、「咸臨丸子孫の会」の幹事として会を代表し、8/15に開催された「きこない咸臨丸まつり」に参加し、お祝いの品をお届けすること。
まつり当日は開会式に先立ち、咸臨丸が最期を迎えた「サラキ岬」をご案内いただきました。
咸臨丸は1857年にオランダで建造され、幕末の日本で活躍した軍艦です。
1860年には、日米修好通商条約の批准書交換のため渡米する遣米使節団の随伴艦として太平洋を横断。
その船には、木村摂津守喜毅、勝海舟、ジョン万次郎らとともに、私の高祖父にあたる小野友五郎も乗船していました。
それから約10年後、咸臨丸は北海道へ向かう途中、木古内のサラキ岬沖で座礁し、その生涯を終えます。
約155年前、咸臨丸が最期を迎えた海を目の前にしていると、何とも言葉にできないものが込み上げてきました😭
その後は木古内町郷土資料館へ。
そこには咸臨丸のものと推定される大きな碇が展示されており、こちらも感無量でした。
そして午後4時から「きこない咸臨丸まつり」の開会式へ。
「咸臨丸子孫の会」の使者として、無事にお祝いの品をお届けし、お役目を果たすことができました✨
もう一つ嬉しかったのが、木古内がトライアスロン「IRONMAN」のレース開催地でもあること。
私自身、IRONMANはこれまで4回完走しているので、木古内で懐かしいIRONMANのロゴに出会えたことにも、不思議なご縁を感じました😊
写真4枚目は、鈴木慎也木古内町長、そして咸臨丸子孫の会の特別会員・輪島さんと。
鈴木町長とは思いがけない共通点があることも判明し、まつり後の懇親会ではかなり熱いお話もさせていただきました🔥
高祖父・小野友五郎が乗った咸臨丸。
その咸臨丸が最期を迎えた木古内。
160年以上の時を越え、その子孫である自分がこの地を訪れ、今度は「咸臨丸子孫の会」の使者として立っていることに、深い感慨を覚えました。
そして、このような貴重な機会をいただき、会を代表する使者として木古内へ遣わせてくださった「咸臨丸子孫の会」の皆様にも、心より感謝申し上げます。
温かく迎えてくださった木古内町の皆様、ご案内くださった皆様、そしてこのご縁をつないでくださったすべての皆様、本当にありがとうございました!✨










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