2026/4/18
皆様こんばんは 下野市在住の海老澤はるな(はるな)です。
今日はこんな日なので、えびさわはるなについて語っちゃおうと思います笑
まず私が小さい頃から政治家になりたかった、卒業文集に将来の夢は総理大臣と書いていた(弁護士だったかもしれない)という話を耳にしたことがある人は何人か居ると思いますが、、、、、私が政治家を目指したきっかけは段階を追って3回の事件があります。
1回目は行列のできる法律相談所って番組がありましたよね。
私はその番組が大好きで、その中で橋本弁護士が政治家になりましたよね、当時の彼はカリスマで、彼の手腕により変化していく大阪をTVで見ているのが楽しかったんです。当事者ではないので楽しく肯定的に見れていただけかもしれませんが、、、
大学の友人のハムスターに「はしもと」って名前をつけました。今でも彼は8代目はしもとを飼育しています。そういう軽いきっかけが最初です。
2回目は2011年の震災です。
私は地震の日に高校の合格発表があり、震災の年に高校生となり宇都宮に通うことになりました。
その際の行政の対応について疑問を持ちました。
電力が十分に無い中での原発問題や被災地への対応、ボランティアは報道されるけど、国としてはどのような動きをしているのかが調べないとわからない報道体制への疑問など、マイナスな意味で関心を持ちました。
当時は民主党政権だったため、玉木雄一郎と安住淳という2人の政治家に興味を持ちました。私の世代は安住淳に対してSNSの影響でマイナスなイメージを持って居る方が多い印象ですが、私にとっては自身の父も震災で亡くした経験がある中で、宮城県の現地で人生をかけて復興に従事している印象が強く尊敬する政治家の1人です。
また高校では英語ディベート部に所属し1年間ずっと研究、調査、議論、自分の論の修正を繰り返していくうちに議論の楽しさを学びました。
3回目が2018年、私が東京で会社員をしていた頃
私の先輩からの一言が衝撃で、現状の子育て、保育の制度について強い憤りを感じたことです。それは
「双子が産まれちゃったので仕事を辞めます」産まれちゃった?!?!?!ってなに?!?!?!どうしてそんな表現を??
2019年以降の現在は様々な変更があり、当時よりは負担が減っていますが
話を聞くと仕事を続けるには毎月14万以上の保育料がかかる、と、だったら働く意味もないし、その時間子供と一緒にいるべきだ、と私も思いました。
なぜ、子供のためにお金を稼ぎたい人間が制限されないといけないんだ、そして先輩はまだまだこの会社でやりたいことがあると語ってくれていたのに、と現状の制度について具体的な疑問を持つようになりました。
中でも地方議員を目指したきっかけは、まずは地域を豊かにする必要があると思ったから。そして何より、下野市での思い出が大きかったからです。
下野市は住みやすいけどなんだか物足りない。と耳にすることが多いです。
思春期には煩わしいと感じていた地域の繋がりや、父が一生懸命にやっていた消防団も、当時は意味がわからなかった。
子供の頃は無駄だと思っていたこと大人になって地域と触れ、その大切さを身に染みて感じており、守っていかなくちゃ、伝えていかなくちゃという気持ちが日に日に強くなっています。
子供の頃に食べたお芋のお菓子、小学校の時にみんなでかんぴょうを削ったこと、育成会のイハロウインベント、全部楽しかったです。その思い出があったから私は地元に帰ってきました。
下野市はそうした温かい場所です。自信を持ってみんなに自慢できるふるさとです。市民の皆様にも、下野市に産まれて良かった、住んで良かったと思ってもらえる場所にしていきたいです。
どうか皆様のお力を貸してください。

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エビサワ ハルナ/30歳/女
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