2026/4/4
実は先日、ある方とお会いしました。 1980年代、僕が美術スタッフとして働いていた日本テレビの音楽番組『歌のワイド90分』。時期は異なりますが、その総合司会を務められていた、きくち教児さんです。

写真は向かって左がきくち教児さん、真ん中が私、右の女性はCHIRI-RINさん。お二人がハートジョッキー(DJ)を担当されているHEART FMでお会いしました。
時期こそ違えど、同じ番組という巨大な生放送の渦中にいた者同士。数十年という時を経て、こうして隣で笑い合っていることに、言葉にできない不思議な縁を感じずにはいられません。
当時、僕は「ル・オブジェ・アール・スタジオ」の美術担当として、麹町の日テレGスタジオを駆け回っていました。生放送中、わずか90秒のCMの間に行われるセットチェンジ。あの頃のテレビ現場は、まさに「狂気」と「情熱」が同居する戦場でした。
一方で、教児さんはその戦場の真ん中で、マイク一本で時代を回していた「番組の顔」です。
先日お会いして当時の記憶を辿っていると、あのスタジオの照明の熱さや、生放送開始直前のヒリつくような空気感が、昨日のことのように蘇ってきました。立場は違えど、一つの番組に魂を削っていた「あの頃のテレビマン」の矜持は、今も僕たちの中に共通して流れているのだと確信しました。
営業部員として企画を練り、MVツアーの制作に奔走していた僕のキャリアの原点は、間違いなくあの『歌のワイド90分』のスタジオにあります。
教児さんと交わした言葉の端々に、忘れかけていた「モノづくりの本質」を再確認させてもらった気がします。
今は、言葉という材料を使って新しい景色を作っていきたい。そう強く思える、最高の再会でした。
きくち教児さん、CHIRI-RINさん、素敵な時間を本当にありがとうございました!
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ドラマはやっぱりテレビの王道だと思ってます。
北名古屋にそのロケを呼びたいのです。
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ムラカミ サンセイ/68歳/男
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