2026/3/23

【完全版】つボイさんと二人きりの深夜コンサート
〜ストーブの前で燃えた、あの夜の熱気〜
あの夜、最後まで残っていたのは——
ストーブの前のおじさん二人だけでした。
「実録:僕がテレビマンだった頃」のシリーズに、連日多くのアクセスをいただき、本当にありがとうございます。
北名古屋市の皆さんが、私の歩んできた道に関心を持ってくださることに、一人の表現者として胸が熱くなっています。
先日公開した「つボイさん」のエピソード。
実は、どうしても書き足しておきたい“真実のディテール”があります。
——あの夜が、いちばん楽しかったかもしれません。
スキー宿のストーブを囲んで
撮影の日の夜。
宿の食事は、まるで学生のスキー合宿のような賑やかさでした。
食後、自然と人が集まり、ロビーには笑い声が広がる。
湯気の立つ空気の中で、誰もがリラックスしていました。
そのとき、つボイさんがギターを手に取ります。
場所はロビーの中央。
そこには、顔がヒリヒリするほど熱い、大きなストーブ。
その前で、即席の
「つボイさんノリノリ・ミニコンサート」
が始まりました。
最後まで残ったのは、おじさん二人
最初はみんな手拍子で大盛り上がり。
しかし、夜が更けるにつれて、
一人、また一人と「お疲れ様でした」と部屋へ戻っていきます。
学生たちも、スタッフも、
雪明かりの静けさに吸い込まれるように去っていきました。
そして気がつけば——
パチパチと音を立てるストーブの前に残っていたのは、
ギターを離さないつボイさんと、
その熱演に手拍子を送り続ける僕の二人だけ。
深夜。誰もいないロビー。
外は、降り積もった雪が、音もなく世界を閉ざしている。
そんな極寒の夜に、
ストーブの熱と、おじさん二人の情熱だけが、その場に満ちていました。
「村上さん、もう一曲いこうか!」
「いいですね、いきましょう!」
「まだいけますよね?」
「当たり前だよ、村上さん!」
——ただそれだけの時間。
でも、あれほど楽しかった夜は、そうありません。
最後に
効率やタイパ、そんな言葉はまだなかった時代。
泥臭くて、まっすぐで、
でも、最後までその場に残り続ける——
そんな現場の熱が、確かにありました。
最後まで残る。
熱を注ぎ続ける。
その粘り強さと情熱を、
私は北名古屋市の市政に持ち込みたい。
データだけでは動かない、人の心を動かす「熱」を。
私は、この街に捧げるつもりです。
□邦楽ミュージックビデオを約300分流した夏休みの話 MVツアー
【実録】僕がテレビマンだった頃
https://go2senkyo.com/seijika/197896/posts/1325457
□テレビ業界に関わったきっかけ【実録】僕がテレビマンだった頃
https://go2senkyo.com/seijika/197896/posts/1305759
□僕が北名古屋に「ロケ」を呼びたい本当の理由【実録】僕がテレビマンだった頃
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【実録】僕がテレビマンだった頃|全話まとめ - 村上さんせい(ムラカミサンセイ) | 選挙ドットコム
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ムラカミ サンセイ/68歳/男
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