2026/3/19

300分邦楽ビデオクリップ特集、宮原学のMVツアー放送後に起きたこと。
テレビ愛知がライブハウスをパンクさせた夜
前回のブログで書いた、レンガのような厚みのハガキの束。
しかし、私とレコード会社のF氏が本当に見たかったのは、視聴率の数字でもハガキの数でもありませんでした。私たちが求めていたのは、「テレビの力で、実際に人間を動かせるか」という事実の証明でした。
その答え合わせの舞台は、名古屋・伏見にあるライブハウス「ハートランド」で訪れます。
番組のMCを務めた宮原学。
実は、放送が始まる少し前、彼がライブをやった際の動員はわずか30人程度だったと聞いていました。
「300分もの放送枠をぶち抜いて、果たして若者たちは家を出て、ライブハウスまで走ってくれるのか?」
■ 30人から300人へ。10倍の熱狂
5日間連続放送の最終日。放送終了直後のライブ。
私が会場に駆けつけると、そこには300人のキャパシティを飲み込む、文字通り「超満員」の光景が広がっていました。
オールスタンディングの熱気。若者たちの熱い吐息。
30人しかいなかった客席が、テレビの力で一気に10倍に膨れ上がった瞬間でした。
快進撃はそこでは終わりませんでした。
番組をきっかけに宮原はさらに爆発的なファンを獲得し、その後、ライブハウスクラスからホールクラスを満員にするアーティストへと駆け上がっていきました。
「テレビ愛知、影響力あるじゃん!」
仕掛けた私自身が、テレビメディアという装置の凄まじい破壊力を確信し、武者震いした夜でした。
テレビの真実の価値は、ただ枠を埋めることではない。人の心を動かし、実際に足を運ばせ、街の温度を劇的に上げることなのだと。
あの300分の「電波ジャック」から始まった私のスタイル。
たとえ時代が変わり、アーティストの運命が移ろおうとも、あの日伏見の街に作り出した「本物の熱狂」だけは、今も私の血肉となっています。
形は変わっても、私は今も「街を熱くする仕掛け」を北名古屋で企んでいます。あの夜の輝きを、もう一度この街で再現するために。
□邦楽ミュージックビデオを約300分流した夏休みの話 MVツアー
【実録】僕がテレビマンだった頃
https://go2senkyo.com/seijika/197896/posts/1325457
□テレビ業界に関わったきっかけ【実録】僕がテレビマンだった頃
https://go2senkyo.com/seijika/197896/posts/1305759
□僕が北名古屋に「ロケ」を呼びたい本当の理由【実録】僕がテレビマンだった頃
https://go2senkyo.com/seijika/197896/posts/1312412
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【実録】僕がテレビマンだった頃|全話まとめ - 村上さんせい(ムラカミサンセイ) | 選挙ドットコム
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ムラカミ サンセイ/68歳/男
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