2025/12/3
こんにちは。
本庄つむぎの会 代表、出牛(でうし)じゅんいちです。
12月に入り、毎朝の駅立ちや通学路でのご挨拶で感じる風も、いよいよ本格的な冬の冷たさを帯びてきました。
今朝も、手袋越しにかじかむ指先を温めながら、登校する子どもたちの元気な「おはようございます!」の声に、私の方が励まされていました。
私は現在41歳。この本庄で生まれ育ち、現在は4人の子どもを育てる父親であり、民間企業でITやマーケティングの仕事をしてきた、いわば「普通のパパ」です。
そんな私がなぜ今、街頭に立ち、想いを伝え続けているのか。
それは、ある一つの「数字」を見た時に感じた、強烈な危機感がきっかけでした。
今日は、ブログという場を借りて、私の活動の原点であり、本庄市の未来を左右する「人口問題」について、一人の親として、そして実務家としての視点でお話しさせてください。

先日、埼玉県から最新の推計人口データ(2025年11月1日現在)が発表されました。
「本庄市 人口」と検索すると出てくるその数字は、76,920人。
前年同月と比べて、606人減っています。
「なんだ、たった数百人の減少か」と思われたでしょうか?
しかし、この中身を分解すると、背筋が凍るような現実が見えてきます。
たった1ヶ月の間で、生まれた命の 3.6倍以上 の方が亡くなっています。
これは、行政用語で言う「自然減」ですが、私はこれを「静かなる有事」と呼んでいます。
さらに近年、国全体で予測を上回る数の死亡者数、いわゆる「超過死亡」の増加が議論されています。
本庄市においても、少子高齢化という言葉だけでは片付けられないスピードで、大切な市民の命が失われ、人口減少が加速している現実があります。
一方で、転入・転出の差(社会増減)はプラス45人と、わずかに転入が上回っています 。
「本庄早稲田」エリアの開発や、最大160万円にもなる手厚い移住支援金 のおかげで、新しい仲間が増えていることは間違いありません。
しかし、自然減のスピードがあまりに速く、せっかくの社会増を飲み込んでしまっているのが現状です。
「このままでは、子どもたちが大人になる頃、本庄はどうなってしまうのか?」
4人の父として、この問いが頭から離れませんでした。
人口減少は、学校の統廃合、商店街の衰退、そして行政サービスの低下に直結します。
今、私たちが真剣に議論し手を打たなければ、次世代にツケを回すことになってしまうのです。
私はこれまで、IT企業で「どうすれば商品の魅力が伝わるか」「どうすれば人が集まるか」というマーケティングの現場に身を置いてきました。
その経験から断言できるのは、今の本庄市に必要なのは、これまで通りの「行政管理」ではなく、「都市経営(シティ・マネジメント)」の視点だということです。
ただ「住みやすい街です」とPRするだけでは、人口減少時代には勝てません。
私が掲げる「本庄つむぎの会」のビジョンは、単なるバラマキではなく、「選ばれる街」になるための投資です。
2025年度から、本庄市でも第2子以降の給食費補助が始まりました。これは素晴らしい前進です。
しかし、私は「ただ安くする」だけでは不十分だと考えます。
本庄市は、野菜の産出額が県内トップクラスの農業都市です。
この地元の新鮮な野菜、できれば有機や減農薬の安全な食材を、学校給食にふんだんに使いませんか?
「本庄の給食は、オーガニックで美味しいらしいよ」。そんな噂が立てば、健康志向の子育て世代にとって、これ以上ない移住の動機(プル要因)になります。
給食を単なる食事ではなく、「教育」であり「地域経済のエンジン」に変える。これが私の提案です。
AIが台頭する時代、ただ知識を詰め込むだけの教育は限界を迎えています。
本庄には、ヘレン・ケラーも尊敬した盲目の国学者・塙保己一(はなわ ほきいち)先生という偉大な先人がいます。
困難に屈しない精神、世のため人のために尽くす心。こうした地元の歴史や精神を学ぶことは、子どもたちの自己肯定感を高め、「どこに行っても通用する軸」を作ります。
「この街で育ってよかった」
そう思える教育こそが、将来、進学で一度街を離れた若者が、再び本庄に戻ってくる「Uターンの種まき」になると信じています。
本庄早稲田駅周辺には、今年(2025年)も新しい店舗がオープンし、新しい街並みが広がっています。
一方で、私が生まれ育った北側の旧市街地や商店街には、シャッターが閉まったままの店も少なくありません。
新しい住民の方々が、週末に旧市街地の歴史あるお祭りや飲食店を訪れる。
逆に、昔からの住民が、新しいエリアの利便性を享受する。
この「人の流れ」をデザインすることが、マーケティングの役割です。
行政がもっと民間のセンスを取り入れ、SNSやWebを駆使して「点」を「面」にするPRを行えば、本庄のポテンシャルはもっと開花します。
私が立ち上げた団体の名前は、「本庄つむぎの会」です。
私がいつも締めているネクタイは、この街の伝統工芸品である「本庄絣(かすり)」です。
かつて本庄は、「絹(シルク)」で栄えた街でした。
繭(まゆ)から糸を紡ぎ、縦糸と横糸を織り合わせて、丈夫で美しい布を作る。
まちづくりも同じではないでしょうか。
バラバラになりがちなこれらを、もう一度丁寧に「つむぎ」合わせ、強い本庄という布を織り上げたい。
そんな願いを込めて、日々活動しています。
160万円の移住支援金も、新しい道路も、もちろん大切です。
でも、一番大切なのは、そこに住む私たちが「この街には未来がある」とワクワクできることではないでしょうか。
しがらみのない一人の市民だからこそ、言えることがあります。
現役の子育て世代だからこそ、気づける痛みがあります。
本庄市の未来について、もっと多くの市民の皆様と議論を深めていきたいと考えています。
どうか、皆様の声を私に聞かせてください。駅で見かけたら、ぜひ気軽に話しかけていただければ幸いです。
人口減少という向かい風に負けず、子どもたちの笑顔が溢れ「ここにいたい」と思える本庄市を、一緒につむいでいきましょう。
本庄つむぎの会 代表
出牛 じゅんいち
※本記事内の人口データ等は2025年12月3日時点の調査に基づいています。
この記事をシェアする
ホーム>政党・政治家>出牛 じゅんいち (デウシ ジュンイチ)>【本庄市 人口】7万6千人の街で。4児の父・出牛じゅんいちが考える「静かなる危機」と3つの提案