2025/9/13
既に報道されている通り、宮部龍彦は「国のヘイト規制法をなくす」という最終ゴールを掲げています。そのためには、川崎市長が重要な役割を果たします。簡単に説明すると、次の通りです。
なぜ国会議員や市議会議員がヘイト法・条例をなくせないか? それは法や条例そのものが議論の阻害要因になっているからです。議員の仕事は文字通り、議論することなのですが、ヘイト法・条例はその議論自体を規制しています。そうではないという反論もあるかと思いますが、そのような反論が成り立たないことを、皮肉にも神奈川新聞の石橋学記者が証明してくれました。今年の8月8日の「カナロコ」に掲載された、石橋学記者による記事を引用します。
宮部龍彦氏の言う「ヘイトスピーチ解消法の廃止」は、それ自体がマイノリティーを攻撃するヘイトスピーチとして批判されなければならない。解消法は外国ルーツの人々を排斥する差別的言動は許されないと定め、根絶する施策を国や自治体に求めている。その廃止は、差別を進んで野放しにするという宣言以外の何ものでもない。市民の人権擁護を責務とする首長の選挙で、そのような差別扇動が認められるはずがない。
この通り、法律廃止を提唱しただけで、メディアからヘイトスピーチ認定されるのだから、議会で法律廃止の議論などできるわけがありません。それゆえに、市長権限が不可欠なわけです。ただちに廃止はできなくても、それに向けた環境づくりはすぐに始められます。
また、このことはヘイト法・条例をなくすべき理由でもあります。民主主義においては表現の自由は最も重要な基本的人権です。それがなければ、他の基本的人権を守るために議論さえもできないためです。そして、「ある法律を廃止あるいは修正するための議論を規制する法律」が存在したらどうなるか。その法律に関わることは、一切の軌道修正が効かなくなります。まさにヘイト法・条例はその類型に当てはまっています。
ヘイト法・条例は他にも問題があります。まずヘイト条例による「不当な差別」の定義。
不当な差別 人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、 出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別をいう。
ご覧の通り、循環論法(ある用語の定義の中にその用語自体が含まれている)になっています。典型的な論理矛盾であり、定義になっていません。
また、ヘイト法・条例共通の「本邦外出身者」の定義。
専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの
一見、明確なようですが、よく考えてみれば子孫とはどこまでのことを言うのでしょうか。誰もが何世代も前の先祖の出自を知るわけではないし、人類はアフリカ起源と言われているので、要は言った者勝ちではありませんか。
一昔前なら、このようなずさんな法制は役所の政策法務担当も、弁護士会も許さなかったでしょう。実際、2005年に鳥取県で人権救済条例が成立した際に、条例の内容がずさんであり、表現の自由を侵害するという理由で猛批判を受け、施行を待たずに停止され、最終的に廃止されたということがありました。同時期に国の人権擁護法の制定が断念されたのも同様の理由です。
このような法律、条例の存在は人権を守るどころか、表現の自由や法治主義といった、古典的な人権を軽視する風潮を生んでいると思います。
また、このヘイト法・条例は本当にヘイト解消に役立っていますか? 川崎市民であれば、川崎駅東口で繰り返される騒ぎを知っていると思います。要は「本邦外出身者」に「不当な差別」をしなければよいので、それ以外はやりたい放題です。川崎駅東口で罵声を浴びせる側も、浴びせられる側も、自己顕示欲のためにお互いに利用し合っているのではないかと思えるフシがあります。法律や条例がオモチャにされています。
そして、川崎区桜本にあるふれあい館には定期的に殺害予告のようなものが届くし、ネットでは池上町を燃やせといった書き込みがされています。これらは、大体同じような人、団体、施設、地域が関係するものです。法律や条例の理念だけが先行して、本質的な解決がされていません。
ヘイト規制ができるまでの経緯にも、ここでは書ききれないくらいの問題点があります。
代表的なのは従軍慰安婦報道問題。詳細はWikipediaにありますが、一言で言えば2014年に朝日新聞が訂正・謝罪の記事を出すに至るまで、朝日新聞を中心とするメディアが捏造された情報も交えて、日本軍が組織的に朝鮮半島の女性を連行して強制的に売春をさせたということを事実であるかのように報道してきました。
若い方はご存じないかもしれませんが、1980年代から90年代の朝鮮半島に関係する報道や教育は異常で、先ほどの「従軍慰安婦」の他、在日コリアンのほとんどは日本政府が朝鮮半島から強制的に連れてきた人たちだといったことが、当然の事実であるかのように学校で教えられ、テレビや新聞で垂れ流されていました。当時からそれに疑問を呈する人はいなかったわけではないのですが、その大部分が虚偽や誇張であったことは21世紀に入ってインターネットが普及して、ようやく知られるようになりました。
しかし、概ね私(1978年生まれ)と同世代か上の世代では当時の知識のままアップデートされていないか、引っ込みがつかなくなっている人々が少なからずいます。また、逆に「騙された」として怒りの矛先を在日コリアンコミュニティに向ける人たちもいました。そして、イデオロギーを問わず、そのことを利用して利益を得る活動家がいました。
当時、対立を煽ったメディア関係者や、それに加担した教育関係者はどこまで反省しているでしょうか。
対立の原因を取り除くための、本質的な対応が必要です。そのために、川崎市においては「ふれあい館中立化」と「池上町改良」を掲げているのです。
このテーマについては、まだまだ書ききれないことがたくさんありますが、今日はここまでとします。
寄附・ご連絡は https://tatsuhiko.miya.be/ からお願いします。
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ホーム>政党・政治家>宮部 龍彦 (ミヤベ タツヒコ)>川崎市のヘイト禁止条例と国のヘイト規制法をなくす方法と、なくすべき理由