2026/1/5
先日の続きになります。前回は星野文昭さんに関わる背景についてのお話し致しました。本日は星野文昭さんについてです。
星野文昭さんは、1971年の渋谷暴動事件で警察官を殺害したリーダー格とされ、無期懲役の刑を受けました。しかし、彼は逮捕から2019年に獄死するまでの44年間、一貫して「自分は殺害に関与していない」と無実を訴え続けました。彼がえん罪を主張した主な理由は以下の通りです。
①犯行を直接示す客観的な証拠(指紋や遺留品など)がない事
②有罪の根拠となった仲間たちの供述は、警察による過酷な取り調べで引き出されたものである事
③現場にいたとされる目撃者の証言と、実際の星野氏の動きには大きな食い違いがあった事
この絶望的な状況下で、彼は獄中から温かな色彩の水彩画を発信し続けました。それは、自らの潔白と人間性を信じ続けるための、静かな闘いでした。
星野さんは2019年、再審(裁判のやり直し)を求めながら病死しました。しかし、遺族が引き継いだ闘いは、2025年に大きな転換点を迎えます。2025年3月24日、東京地裁は「国の責任」を認める判決を下しました。これは、刑務所側が適切な医療を提供しなかったために死亡したとする遺族の訴えを認めたものです。えん罪そのものの判断ではありませんが、「国家が受刑者の命を軽んじた」ことを司法が認めた画期的な勝利でした。2026年現在もこの判決を巡る控訴審は続いています。
星野さんが描き続けた絵には、自由への熱望と、誰もが大切にされる世界への願いが込められています。「えん罪」は過去の事件ではなく、今も続く人権の問題です。星野さんの足跡を辿ることは、日本の司法制度のあり方や、命の重さについて改めて考えるきっかけをいただきました。
44年というあまりにも長い年月。立場によって様々な意見があります。彼が遺した色彩豊かな絵画と、2025年の司法判断が私たちに突きつけているのは、いかなる立場の人であっても、その命は疎かにされてはならないというみんなに共通な事です。星野さんの死から数年。現在の裁判が投げかける問いは、私たちがどのような社会を築いていくべきかという、未来への宿題のように感じられます。また、当日は元衆議院議員の二見伸明先生と会話をさせていただく機会がありました。現在、二見伸明先生は特に支持政党を持たず静かに暮らしているそうです。日下部伸さんからは貴重なお話しを聞かせていただきました。今年も絵画展は土浦市民ギャラリーで、4月、8月、12月に開催の予定です。
機会があれば皆さんにも聞いていただきたい内容です。ありがとうございました。





右から友人の小林さん、二見伸明先生、日下部伸さん
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