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みやこし よしひと ブログ

わたしと原発事故とふくしまと(区長と市長と)

2023/4/20

2011年3月に東日本大震災・津波・福島原発事故が起きました。わたしは前年に入籍して、結婚式の準備を進めている最中でした。webサイトでは記載しきれていない脱原発について散文的ですが、お伝えいたします。

もともと98年に環境NGOで活動し始めて、ずっと脱原発・反原発の考え方を持ち、エネルギー政策の転換を求めて、現杉並区長の岸本さとこさんとともに、渋谷の路上を100台の自転車で走り、脱原発をアピールするクリティカルマスというアクションも続けました。

現在、新潟県上越市長になっている中川幹太さんとは脱原発を訴える寸劇をいくつかの学園祭でやりました。彼はその後、脱原発の問題意識を持ち、新潟で地域から変えていくためにかみえちご山里ファンクラブというNPOをつくり、いまに至ります。

わたしも2004年から2011年まで気候変動に対しての意識変革を起こすための環境教育に携わりましたが、当時の仲間たちは誰も原発を気候変動対策として推進していませんでした。



2011年3月の事故を受けて、わたしも仲間たちも自分たちの活動が政策を変えられなかったことに深い後悔を覚え、官邸前の脱原発デモにつながっていきます。わたしも何度も「再稼働反対」と足を運びました。

2011年6月の結婚式は、会場の八広から表参道まで、てんぷら油で動くバスを借り上げ、パーティでは福島県の豆腐を使った料理、岩手県のクラフトビールを提供して、節電をして行いました。1か月後に癌が見つかり、その年の9月に亡くなった父にとって最後の思い出をつくってあげることができました。

2012年に環境NGOのスタッフになったわたしは、風評被害に苦しむ有機農業が盛んな福島県二本松市に通うことになります。2016年に日本財団ボランティアセンターで働きだしてからは、福島県いわき市へ原発事故の影響を受けないオリーブ畑を早稲田の学生たち100名近くと耕し、事故後に顧客が減ってしまった果樹農家で幻のフルーツ「フェイジョア」を明治の学生たちと育て、双葉郡で事故と津波の痕跡が残るまちに多くのボランティアと訪れました。

二本松の有機農家の方の「もっと原発立地を防ぐのにがんばんなきゃいけなったかな」との一言、
「孫に放射能のついた野菜や米を食べさせらんねい」と血のにじむように残留放射能検査をする方々、言葉や表情が脳裏に焼き付いています。

2011年のこと、それまでに至ること、それからのことを思い出し、語り尽くせぬ感慨が湧いてきました。ここには書ききれないことが山のようにあります
現在の政権の原発回帰、ビッグフレームの経済成長志向、これらは男性優位主義で性差別にもとづくものだと考えています。
変えていかねば、変えていかねば。

性差別社会を変えることが、原発政策も変える。

2019年10月東日本台風により、いわき市は甚大な被害を受けた。それまで農業支援を行っていたが、以降は災害支援を2020年2月まで実施した。写真は川の土砂が流れ込んだ農地を復旧する作業の様子。砂利と河岸の丈の長い草が農地を埋め尽くしていた。

2017年1月、はじめてのいわき市へのボランティア引率。いまはもうない復興商店街「久之浜浜風商店街」のからすや食堂での、みやこしよしひと。

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著者

みやこし よしひと

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選挙 墨田区議会議員選挙 (2023/04/23) 645 票
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肩書 新人 元団体職員、ボランティアコーディネーター
党派・会派 無所属
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