2024/1/26
皆さん、こんばんは。中村ひとしです。本日3回目の投稿です。今日の武田先生のヒバリクラブのテーマは「自分に不利なことを言う。」です。私は令和6年1月15日づけの離党届を参政党に出したのですが、参政党で選挙に出た理由をはっきりと述べたいと思います。自分に不利なことを政治家は言うべきです。
私は、28才まで、政治、選挙をやっていました。25年たって、53才。ワクチン接種の影響で発熱して、学校を欠席する生徒たちにうんざりして、学校を退職したのが令和4年12月。それまで参議院選挙での武田邦彦先生と吉野敏明さんの演説が好きでいつも見ておりました。神谷宗幣(武田先生に倣って、敬称はつけません)の威張った説教演説は、そこまで良いとは思っておりませんでした。しかし、動画を通して、彼を好きではないけれども、評価していた点がありました。それはボランティア、党員の存在です。どの現場でも熱心にボランティアが活動していました。労働組合でも、宗教の信者でも、利益団体でもない人々が、YouTube動画に感動して、真っ当な日本人の為の保守政党を伸ばすために懸命に活動する姿です。この仕組み、動機づけを評価していました。悪い言い方をすると、党員の皆さんを運動員が居るという選挙屋の目で見ておりました。
令和4年12月に参政党に入って、愛知第8支部で活動しました。私は選対本部長として、活動しました。仕事でやってましたから、街頭活動などテキパキとこなしていました。そんな折、選挙に出て欲しいと支部長さんから言われました。私も素人の皆さんの中で、役に立てるだろうと判断し、承諾しました。2月末日に支部の皆さんに全会一致で、そして神谷の面接を経て、3/10に公認になりました。私がかつて、河村たかし名古屋市長の自転車街宣隊長だったことから、神谷になぜ減税日本から選挙に出ないのかと問われました。こう答えました。「減税日本は河村市長の個人商店で、市長の引退と共に衰退すると思う。参政党は未来につながる。真っすぐな党員さんたちと選挙がしたい。」公認を得るためとはいえ、こんなひどいことを言って減税の皆さんごめんなさい。党員の皆さん、運動員という目で見てごめんなさい。🙇
ただ、公認を得る時にはすでに私は分かっておりました。そして選挙を通して確信しました。虚像だったとはいえ、参政党が描いたDIY政党に感動して、汗をかいて取り組んでいる党員こそが日本の希望だと。
最後に、神谷宗幣の元公設第一秘書の方が12月に自殺されてお亡くなりになったことが、遺族の方から公表されました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
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