中村 ひとし ブログ
建前と実態:今の日本には本当に自由も平等も民主もあるのか?
2025/10/4

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講義の導入と過去の話題の振り返り
- 前回の講義スタイルの好評と、鮭の絵のコメントの面白さを共有。
- 60-70年前の「遺伝子の運び屋」(リチャード・ドーキンスの本)の世界的話題を思い出し、受講者の一部が初めて知ったことに驚きと錯覚を認める。
- 年を取るとの世代間ギャップによる錯覚を例に挙げる(例: 移民反対の過去の議論を忘れ、現代の聴衆に誤解される)。
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移民反対の個人的エピソード
- 30年以上前から移民に猛烈反対。
- 当時、左翼勢力から激しい批判を受け(例: 「人類は同じ」「なぜ移民しないのか」)。
- 反対理由: 日本人には独自の文明と言語があり、簡単に他国人を入れるべきでない。
- 当時の知識人では孤立した立場だった可能性を指摘。
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本題: 日本に自由・平等・民主主義の実態がないという主張
- 建前(形式)だけでは実態が存在しないと主張。普通の視点では日本は自由・平等・民主的だが、実態は異なる。
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自由の実態の欠如
- 生まれた家や環境(貧乏、勉強・スポーツ・音楽の機会不足)により、真の選択の自由がない。
- 職業選択や人生の自由は狭い範囲に限定され、親の状況や家の狭さなどの制約が大きい。
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平等の実態の欠如
- 個人的体験: 小学校から成績優秀で先生に優遇され、コンプレックスを抱く(友達と同じ扱いを望むが、親が大学教授のため環境が有利)。
- 戦後体験: 親が数学教授のため食糧配給が少なく、商売人や田舎持ちの家庭より不利(例: 米不足、芋や透析食)。
- 公立中学校でも成績優秀者が優遇され、進学が容易(公立中学校トップクラスで最高の高校へ)。
- 全体: 生まれながらの家柄・成績・性別による不平等(例: 女性の出産・身体的弱さによる不利、夜間の危険)。
- 社会システムが国民全体の幸福な人生を保証していない。
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民主主義の実態の欠如
- 民主主義の前提: 正確な情報の共有。誤情報で民主は成立しない。
- 例: 30年前の北朝鮮女性の「戦争したい」発言を独裁の証拠とし、日本も過去に似た可能性。
- マスコミは正直な情報提供者のみでなければならず、現在は政治家がお金や家柄で就任する不平等。
- 学校教育(中学校の社会科)が建前を教え、実態を無視している点を批判。
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学校教育と社会のあり方への提言
- 学校は真の自由・平等・民主の定義を教えるべき(例: 男女の平等は同等の改造ではなく、分担の議論が必要)。
- 嘘や利益のための不正(例: 大リーグチケットの違法転売)を許さない教育を強調。
- 意見の多様性を尊重(自分の考えが違う人を苦にせず、それが自由)。
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歴史的・社会的な文脈
- 明治維新から誤りがあった可能性(福沢諭吉の本は一部正しく一部誤り)。
- 鋭い指摘者(橋本、爆弾の師など)は途中で殺される傾向。
- 人間社会の本質: 平等・民主の建前が嘘で、ストレスなくこなせる人だけの社会か。
- 資本主義の欠陥からマルクス・エンゲスの共産主義が生まれ、ソ連は69年で崩壊。現在は格差拡大・歪曲社会だが、それで良いとする人が増え、居心地が悪い。
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結論: 1990年を転機とした希望
- 今日の話は愚痴ではなく、日本国民の真の自由・平等・民主的人生を疑問視。
- 人間には弱さがあり、全員が幸福に生きる社会を目指す。
- 1990年: 人類史上初めて困らない人生が可能になった時代(4万年の文明史で初)。
- 石器・縄文・平安・江戸時代の人々も望んだチャンスを、1990年以降の日本人が得た幸運を強調。
- ヒバリクラブ・絡合会のような素直な場で深く議論し、絡合会の議論の行方を見守りたい。