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中村 ひとし ブログ

誠実なき人に何があるか?(4)「勉強嫌いの学者」

2025/2/1

  今日は学者の話なんですけども、これとんでもないことが1990年代に起こったんですね。どういうことが起こったか、誰が仕掛けな人だかわかんないんですけども。事を大きくしたのはマスコミなんですよ。こういう記事が出たりね、それから本が2冊か3冊出たんですね。どういう本かって言いますとね、大学の先生はねほとんどがサボってると。研究費という名前で研究費をもらってま、実際上は誰かと飲んだりね、いらないところに学会に行ったり。それからなんかひどいのは例えば女性と付き合ってるとかそういうようなことが随分言われました。それで新聞にも出て新聞記者が書いた本なんかも出ましてね。

 そしてその挙句どうなったかって言うとそれまではですねある程度は大学の先生には研究費が配られてたんですね。だけどほとんどそれも少なかった。実際上はもう本当に私立大学なんてのは学生1人あたり研究費が4年とか卒業研究とかから大学院の研究なんて本当にあのもう5万とか。1年にですよ。5万とか15万とかしかなくてですね、せっかく前途有望な学生に、ほとんど研究させられないと。研究と言ってもブラブラ遊んでご飯食べてそれで帰っちゃうっていうのはそういう生活しかできないようなお金しかなかったんですけど。ま、東大とか京都大学とか特別な大学だとか特殊に優秀な大学教授とか大学助教授とかそういう人にはお金がきましたけど、一般の私立大学の大学の授と教授にはほとんどお金行かないと。

 この先生にお金が行ってるように見えますけどね、もう先生にお金なんかいらないじゃないか。どうせ研究しないんだからというような声もあったんです。実は本当は違うんですね。まあやっぱり1年に1人の学生が100万とか200万とか研究費があれば、一応そこで研究の訓練ができるんですよ。で、研究の訓練ってのは例えば分析するとかね、機械を扱うとか。ま、本を読んだり考え方を作るというだけじゃなくて、その学生が将来日本の技術者になった時にやっぱり産業界で教育するのと大学で教育するのはちょっと違うんですね。

 ま、もちろん標準的には平均的には大学の先生の方が学問も上だし、それから色々なことをご存知だし、それから長い間学生の教育をしてますから、どういうことを教育したら将来立派な技術者になれるかと。ほとんどは技術者ですからね。またその人から学者になるなんていうのはもう本当にわずかなんで。ほとんどま、10人出せばまあ9.5人とか9.8人とかは社会の技術者になるわけですよ。ま、東大とかそういう特殊のところは別にしましてね。ほとんどの理科系の学生はそうなんですよ。

 ですから研究費って本当に大切だったんですけどもそうやって叩きに叩いたわけです。それで結局どういうことになったかったら、ばら撒きの研究費はダメだと。分かりやすいからね。ばらまきはだめだと競争的研究資金にするということになりまして、大体1990年の10年間を通じて日本の大学の理科教育を潰すとそういう計画が成功しちゃったんですよ。だからこれは例えば僕はその様子を見てて、横でマスコミのマスメディアの自動的な発案じゃなくてね、おそらくは僻んだ大学の先生とか、それから財務省が金を削ろうとか、文部省の役人が金を削ろうとかなんかそういうような僕はね、あの非常に不純な考えが見えましたね。

 それからその頃学術振興会とかいろんなそういうこうなんか文部省の周りにある機関ですね。ま、それがものすごく繁栄しました。彼らが悪いことしたようには見えませんでしたけど、そこはね。だけども全体としては日本の学問が大きく落ちました。ま、その裏は例えばアメリカは競争的資金であるなんていうことがどんどん言われましてね。やっぱり申請してちゃんとした研究に金を配るべきだという話になりましたが、アメリカってのは元々文部省っていうのがないんです。ま、わずかにそういうように類した機関がありましたけども、小学校中学校高等学校なんかの教育も日本では文部省が決めて学習指導要綱なんか決めて、それで先生が教えるっていうタイプなんです。アメリカなんかはそうじゃなくて父兄会が教える内容を決めて、先生も雇用するとまいうのは伝統がありますからね。その研究費のとこだけ取り上げて、そういうこと言ってもダメなんですけど。だけどもまあ日本社会はそれに応じてしまいました。

 つまりここもマスメディアの語法が、マスメディアがこうしようと思ったら日本社会はそうなるということをマスメディアはずっと使ってきたわけですよ。ここで言ったように朝日新聞が主体となって、俺たちが殿様なんだと。だから俺たちが政策を決めるんだと。戦争の前は朝日新聞が軍国主義だったから戦争やれたと。戦争が終わったら今度朝日新聞が平和主義になったので平和になったと。で、朝日新聞が頑張ったんで社会党が無意味な社会党の活動が続いたとま、こういうことになってて。これが1990年代には大学教育までも及んだんですね。

 で、結局それまで日本の技術ってのは流流たるもんだったんですが、もう1990年の競争的資金、研究資金というのが大学に適用されてもうすっかりダメになりました。今はここに書いたように完全に学者がビジネス化しました。国の政策に重ねて信念を捨ててしまうわったわけですよ。それはある意味では学者の責任でもありますよ。しかし現実的にはやっていけないんですね。

 僕が名古屋大学いる時に、私はこんな性格ですし学問が好きなんで今でも退官してからもう国立大学退官してからもう19年なんのかな18年になりますね。ですけども一生懸命勉強しております。学問にも興味あるし。だけどもう1930年代、今から100年前にあのマックスウェバーなんていう有名な社会学者が大学教授というのは今や就職先、単なる就職先になったというようなことを本に書いておりますね。職業としての学問っていう比較的薄い本ですけど。岩波文庫にありますけどね。そういうだんだん近代化に伴って学者のビジネス家が進んでるところに1990年に文部省の利権だとか、周りにいる団体の利権だとか、財務省の増税路線とかそういうもので日本の将来から見て大学教授の研究はどうあるべきか大学教授が研究するってのはどういうことなのかということの議論もなかったんです。

 アメリカがよく持ち出されますけど本当につまみ食いなんですね。アメリカの場合はまず文部省がないってこと。ま、ほとんどが自分で獲得する資金だってこと。もっと大きいことはアメリカの大学教師の研究費は原則として学生に使っちゃいけないんです。これアメリカの工学部の状態を詳細に僕なんかあの視察もし研究もしたんですけどね、ほとんどの大学の場合はほとんど、だったら全部って言ってぐらいですね。夜の11時頃まで学生は勉強してます。いわゆる日本でいう卒業研究とかそういうんじゃなくてただただ勉強なんです。

 それはどしてかっていうとアメリカの研究てのは階層制なんですよ。ドクターとかねそういうそのの優秀な学問が優秀な人が上に立つっていうそういう工学部なんかは、工学部の研究ってはそうなんですね。日本は違うんです。みんなで研究する。だからみんなを育てるんです。それがやっぱり成功したんですね。ま、僕はね、あの優秀な人が世の中を引っ張るって嘘だと思ってるんですよ。それは別に何の経験もなく知識もなくて言ってんじゃなくてね、私は世界の大学教育って本を書いてるんですけど、世界の大学教育。アメリカ、ヨーロッパ、東南アジア主にね中国。ま、そこら辺を中心にずっと30年ぐらい見てきました。随分外国の大学にも行きましたし、ディスカッションもしました。

 その結果、やっぱり技術という意味で考えるとですね大学の工学部とか理学部の役割薬学部とか医学部とかねそういうとこの役割はやはり集団で何かの研究とか改良とか技術とかをやるような方がいいと。必ず国は発展する。階級制ですとねヨーロッパみたいに一部の貴族とかノーベル賞学者とかがやって、あとはそれをみんな労働するということになりましてね。集団の知恵ってのが働かないんですよ。ところが技術を私実際ま会社で20年ぐらい会社や大学で20年ぐらいそれぞれやってきたんですけど、やっぱり技術。突出した新しい知識とかね、革命的な理論っていうのはやはりエリート主義がいいんですけどもそういうエリートてのは逆に言えば研究費がなくてもどういう社会体制でも発明発見は起こるんですよ。

 しかし本当の国の底になるね本当の元になる学問とか教育とかそういったものはやっぱり集団でないと力は出ないんです。それが日本がジャパンasナンバー1と言われる原因になった。非常に大きなことなんですね。ですからまあ大学の感じから言っても博士課程、博士課程ってのは25歳から28歳ま標準的にはねそこでやるんですけども、博士課程の多いアメリカと博士課程の少ない日本とで、技術競争は必ず日本が勝つんですね。ま、現在でも日本製鉄がUSチールを買うなんて話ありますし、自動車分野でもトヨタ自動車とかホンダの方がねアメリカのGMとかフォードのような非常に伝統的な会社よりかま、上になってるとまいうことで分かるように技術っていうのは国を富ませるという意味での技術はね、それはあの集団での知恵を磨くという方がいいんですね。

 そういう教育に日本はなってたんです。それでもノーベル賞が少ないってわけじゃありません。随分長い間あの日本はある程度を近代化してから湯川秀樹とか朝永新一郎さんはじめこれは基礎物理ですね。ま、最初は基礎的なとこから始まりましたが、最近ではもうねえ日本も欧米諸国には負けないぐらいとノーベル賞を出しておりますが、ノーベル賞だけじゃないんですね。純粋学問っていうのはそういう援助とかそういうものとちょっと関係ないんですね。ですから国の教育体制を考える時はむしろ理学工学薬学農学ね医学。そういう風ないわゆる社会に応用するような学問の教育という点では優れた人を育てるんじゃなくて集団でレベルを上げるっていうのが大切なんです。

 それが全部潰れたんですね。で、潰れましたらどういうことが起こったかって言うと、元々本当に学問が好きな学者っていうのは少ないんですよ。実はえ私なんか変人奇人だからま、変人奇人と思われてますけどね。学問好きで会社の技術者をやり、学問好きで大学の先生をやって。今では学問好きで無職なんですよ。こういうのは少なくて大体は何かの目的があるんですね。出世したいとか、学会賞を取りたいとかね。あのヨーロッパでワイン飲みたいとかなんかそういうのがあるんですよ。ま、人間ですから。それで別にそれを非難しませんよ。それマックスウェーバが言ったようにもう今や大学教授っていうのは職業になったというような文章を書いたらね、職業つうのはただ生きるためのご飯食べるための仕事であるってことですね。

 だからま、そうなっちゃうんです。今だから学術会議もそうなってるし東大教授もそうなっておりまして。ま、東大教授なんかもっとひどいですね今まあ東大に研究資金が行くためには東大の先生はま、7割ぐらいは嘘書いてます。実際に自分の興味とは違うことま、興味と違うことったらもう90%ぐらいかもしれませんね。で、そうしますと結局有望な研究は国が委員会を開いてその委員会とか僕なんか審査員ずっとやったんですけどね。科研費っていうんですけど。科研費の審査員をずっとやったんですけど、どの研究が有望かということはいくら功成り名遂げた学者でもできません。え、研究つのはそういうもんじゃないんです。

 あの有望な研究だったら企業はやってます。企業は有望な研究ができますね。有望かどかを見極めて研究するのが企業の研究リスクですから。大学はその1つ前なんですよ。有望かどうか分からない研究をやってそれが見るんですね。ところがあの国ってのはそういうわけにもいかないんですよ。税金使ったりしますからね。理由が必要なんですね。これで変なことになりました。これは皆さん今日あんまりなんだ学問のことなんか関係ないから面白くないなって思われたかもしれませんが、これ1番最初に言うべきだったけど、もう日本にとっては大損害。日本の子供たちにとっては大損害ですよ。ええつまりですね学問ってのは今ではないんですよ。学者っていうぐらいですから。ま、大体50年先ぐらいしか学者の活動とは実っていかないんですよね。

 例えばITとかAIとか今は盛になってますけど、ITとかAIは約80年前にある程度花を開いたから今あるんですよ。自動車なんっていうのも1890年ぐらいにできてま、やっぱり自動車モータリゼーションていうのが本当に世の中の役に立ちだしたのが1960年とか1970年ですから。やっぱり80年90年経ってるんです。電気が発見されたのは19世紀の半ばですからね。やっぱり電気というものが有望になったのもやっぱり80年90年かかるんですよ。だけど80年90年前にそういうことを学者がやってなければやっぱり日本そのものは衰退しちゃうんですね。ま、僕があの温暖化がなんか関係ないよとか全然問題ないよとか言ってるのはなぜかったら石油の石油の枯渇なんかないよとか言ってるのは、学問というバックがあるから。それが支えてるんです。学問に詳しければ将来には不安はありません。今んところありません。

 え、僕はあの持続性っていうのは自動的に満足するという論文を書いたことがありましてね。それはね国の力で出版を止められましたけど。そういうことも起こるんですよ。ええですから本当に日本の子供たちはかわいそうですね。日本の発展はもうないんですよ。日本の発展がないのは基礎学問がないからなんです。基礎学問を止めたのはメディアであり、財務省であり、一般の日本人もそうですね。役ん立てないんじゃないか。そんな研究何やってんだってことになるんですね。大体研究内容が分かるような研究はもうダメなんですよ。

 僕ぐらいのちょうど技術者、学者をずっとやってきた人がある程度将来の研究は解説できます。だから私それが非常に大切だと思ってあの今までも解説してきました。しかし解説したって今の日本ではそんなこと何言ってんだって話になるんですね。昔そうですね今から50年40年ぐらい前ですか私がテレビに出かけた時ね、ある先生もうお亡くなりになったんであんまり言わないんですけども。僕が言うと何を武田先生言ってんだ。そんなの違うよってよく言われましたよ。いやUFOなんていないに決まってるじゃないかと。この世の中には光よりか早いものなんかないんだからとこう来ましたね。その先生は本当は学者じゃないんです。今分かってることが正しいと思ってるんですよ。人間つうのはね、今分かってることってのは今までの知識で分かったことであって、本当の真実じゃないんですよ。じゃなかったら学者なんてやる人ないじゃないですか。

 新しいもの作ってくわけですから。携帯電話だってそうですよ。皆さんこんなねものでねすぐ何かご飯が出てくるとかねなんか予約できるとか新聞読まなくていいなんて考えられますか。電池だけでも考えられないですよ。だからもう本当にちょっと前はね、1990年ぐらいに携帯電話が出てきた時はこんな大きな蓄電池とそれからでっかい携帯電話で、こんなのやってかけてましたよ。こうかけてあいつバカだなつってましたよ。そこに行ったら公衆電話があんのになんで公衆電話に行かないんだろう。なんか威張ってんじゃないかなんて言ってましたよ。

 今公衆電話はほとんどもないですよ。使ってる人がたった30年40年でそうなるんです。私たち学者はそれに対して謙虚じゃなゃいけないんですよね。ですから役に立つ研究なん分かるはずもないし、それが自動的に大きな少しずつその振れてねま、つまんない研究っていっぱいあるんですよ。だけどまあ100やったら80はつまんないんです。で、10ぐらいは少しの改良になるんです。それであ残り9、8ぐらいは多少の改良ができるぐらいで、あと最後の2%1%が昔はそうじゃなかったねっていう研究になるんですよ。

 これ仕方ないんですね。それを今から研究やろうっていう時に誰が審査するんですか。誰が有望だとか世の中に役立つとか将来の日本の競争力を上げるって判断できる人は誰なんですかね。いませんえそれで学者は全て嘘を書いて研究費をもらうようになりました。是非東大の教授は、自分が今まで10年間これだけ嘘ついてきたっていうことを発表してもらいたい。それが学者としての誠意であります。学者というのはそうでなければいけません。金儲けをしようと思って学者になったわけじゃないんですから。世の中に真違ったことを流布した者は深く反省してそれでやっぱりこれは実は違うんです。ということを言ってほしいと思います。それが子供たちのためですね。

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著者

中村 ひとし

中村 ひとし

選挙 阿久比町議会議員選挙 (2023/04/23) [当選] 524 票
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