2026/8/18
最近、学校統合について、さまざまな意見を目にします。
中には、「教育は票につながらないため、政治家が取り組まない」という趣旨のご批判もありました。
公教育を含め、子どもたちの育つ環境を少しでも良くしたいと活動してきた立場としては、残念に思うと同時に、これまでの取り組みや考えを、まだ十分に伝えられていないのだと感じています。
そこで、現時点での私の考えをまとめてみることにします。
まず私は、学校統合そのものを「善」あるいは「悪」として語ることには違和感があります。
小規模校にも中規模校にも、それぞれ良い面と課題があります。
現在の学校規模を維持するという選択も、あり得たと思っています。
小規模校には、子ども一人ひとりに目が届きやすく、学年を超えた関係を築きやすいといった良さがあります。また学校と住んでいる地域が近いことで、地域コミュニティーからの支援も期待できるという面もあります。
ただし、現在の規模を維持する場合にも、解決しなければならない課題があります。
生徒数や学級数が少ない中で、教科を専門とする教員を十分に配置できるのか。人間関係に行き詰まりを感じている子どもが学区変更を希望したとき、別の学校へ通うための交通手段をどう確保するのか。部活動や学習活動の選択肢をどのように保障するのか。高校進学などによって、より大きな集団に移る際の環境変化に、どのように備えていくのか。
現状を維持すれば、すべての問題が解決するわけではありません。
一方、学校を統合すれば、自動的に教育環境が良くなるわけでもありません。
潮来市の中学校を1校に統合した場合、1学年5学級程度、全体では15学級程度になることが想定されています。文部科学省が示す標準的な学校規模の範囲内であり、私は、規模そのものに大きな問題があるとは考えていません。
一定の生徒数がいることで、人間関係や部活動の選択肢が広がり、教職員の配置や教科指導の充実につながる可能性もあります。
その一方で、統合によって新たに生じる課題があります。
通学距離が延び、スクールバスで通う生徒が増えることで、日常的に歩いたり自転車に乗ったりする機会が減り、体力づくりに影響しないか。
バスの時間に行動を左右されることで、放課後に学校へ残って活動したり、友達と交流したり、自分の都合に合わせて帰宅したりすることが難しくならないか。
スクールバスの運行方法、下校時間の選択肢、放課後活動への参加など、子どもたちの学校生活全体を見ながら、具体的な対策を考える必要があります。
現在の規模を維持する場合にも、統合する場合にも、それぞれ良い面と解決すべき課題があります。どちらか一方を単純に「善」または「悪」として語れるものではありません。
そのうえで、潮来市はすでに中学校を統合する方針を決定し、令和11年度の統合に向けて準備を進める段階に入っています。
これまで行政だけでなく、学校現場、保護者、地域の皆さんとも、さまざまな検討や調整を重ねてきました。
もちろん、「ここまで労力をかけたから」という理由だけで、問題のある計画を続けてよいわけではありません。計画が今も妥当なのかを検証し、改善すべき点について改善を求めることは、議会の重要な役割です。
しかし、これまで積み重ねてきた検討や準備を考慮せず、統合の賛否だけを最初から繰り返せばよいとも思いません。
今の段階で私が取り組むべきことは、統合によって生じるマイナスをできる限り小さくし、プラスを最大限に生かした、より良い統合中学校をつくることだと考えています。
自分の子どもの教育だけを考えるなら、私立や塾という選択もあります。しかし、すべての家庭がそれを選べるわけではありません。
子どもは、生まれる家庭を選ぶことができません。
私が目指したいのは、どの家庭に生まれた子どもであっても、必要な支援を受け、自分に合った学び方や将来の選択肢を持つことのできる公教育です。
すべての子どもに同じことを求めるのではなく、一人ひとりの違いを受け止め、困ったときには相談でき、つまずいたときには学び直すことができる。学力だけでなく、人との関わりやさまざまな経験を通して、自分の可能性を広げられる学校であってほしいと思っています。
私立や塾を選ぶことを否定するものではありません。しかし、公教育で足りないものを、それぞれの家庭の経済力や努力で補うことを前提にしてはいけないと思います。
家庭の所得や環境によって、学ぶ機会や将来の可能性が限定されないようにすることが、公教育の大切な役割の1つです。
教育改革には時間がかかります。自分の子どもが在学している間に、公教育が大きく変わるのを待てないという保護者の気持ちも理解できます。
だからこそ、公教育の改善を各家庭の努力だけに委ねるのではなく、政治が長期的、継続的に取り組まなければならないと考えています。
公教育の充実は、今を生きる子どもたちの学ぶ権利を保障すると同時に、長い目で見れば、市や国の未来への投資でもあります。
教育は、非常に重要です。
しかし、「教育のためであれば、市の財政やほかの行政サービスを考慮しなくてもよい」ということではありません。
市の財政が立ち行かなくなれば、教育そのものを将来にわたって支えることもできなくなります。
校舎を整備するだけでなく、教職員体制、相談支援、特別支援教育、スクールバス、施設の維持管理などを、継続して支えていかなければなりません。
限られた財源の中で、子どもたちに必要な教育環境を将来にわたってどう保障していくのか。教育の充実と持続可能な財政の両方を考えることが、政治の責任だと思っています。
私はこれまで、スクールバスの負担、教職員体制、相談支援、統合後の子どもたちの不安への対応など、具体的な教育環境について議会で問い続けてきました。
校舎を一つにすることを、統合のゴールにしてはいけないと思っています。
どのような教育を行う学校にするのか。通学や放課後の活動をどう保障するのか。子どもたちの不安にどう対応するのか。
子どもたちが「この学校で学べてよかった」と思える学校をつくることが、今、私たちが議論すべきことではないでしょうか。
統合に賛成か、反対かだけではなく、潮来市の子どもたちに、どのような教育環境を保障していくのか。
皆さんは、潮来市の公教育が、これからどのような姿を目指すべきだと思いますか。
ぜひ、ご意見を聞かせてください。
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ワダ ナオコ/49歳/女
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