2026/9/8
1951年9月8日、日本はサンフランシスコ平和条約に調印しました。
その6年前、日本が敗戦を迎えた直後、私たちの暮らす遠州にも、戦後の始まりに関わる歴史の一場面がありました。
1945年8月、降伏手続きのため、日本の軍使一行がフィリピン・マニラへ。
その際に使われたのが、白い機体に緑の十字を描いた「緑十字機」です。
マニラでの会談を終え、降伏に関する重要書類を携えて日本へ戻る途中、緑十字機は燃料不足となり、磐田市の鮫島海岸へ不時着。
一行は地域の人々の助けを受け、浜松飛行場を経て東京へ向かいました。
地元でも、意外と知られていない歴史ではないでしょうか。
それから約6年――。
サンフランシスコ平和条約に調印し、翌1952年4月28日の発効によって、日本は占領を終え、主権を回復しました。
改めて考えます。
日本は今、本当の意味で、自分たちの国のことを自分たちで決められているのだろうか。
安全保障、食料、エネルギー、経済、そして教育。
主権とは、制度上「ある」だけではなく、
自分たちの国の未来を、自分たちの意思と責任で決めること。
敗戦から主権回復へと歩んだ歴史を振り返る今日だからこそ…
日本のことは、日本人自身が決める。
本当の意味での主権を取り戻したい。
9月8日。
先人達がつないできてくれた日本と、これからの日本について考えたいと思います😊

#サンフランシスコ平和条約調印の日
#参政党
#湖西市議会議員山本あきこ
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