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グラウンドの面影は、無くなっていた〜青山学院大学綱島グラウンド

2026/6/18

今回も新横浜駅で降りて、東急新横浜線に乗車、新綱島駅にて降車。 
かつて、地上駅の綱島駅から歩いて10分ほどのところに 青山学院大学のグラウンドがありました。

どうやら、その跡地がマンション群になっていると聞き、「それなら40年ぶりに行ってみよう」と思い立ちました。

駅からの道はすっかり記憶が薄れていましたが、橋の手前で大きく上り坂になっているのを見て、ふと昔の感覚が蘇りました。

マンション群の中央にある ポプラ並木 は、 
青学グラウンド時代の木を一部残したと聞きます。どの木が当時のものなのかは、よく分かりませんが、なんとなく、この場所の記憶のようなものを感じました。

当時の綱島グラウンドには陸上競技用の 400メートルトラックがありました。ただ5コースしかなく、しかも土のトラックで外側の4〜5コースには草が生えていたほどでした。整備はされてなく、長距離はインコースを走るので、短距離が使える部分は、ほんのわずかでした。当時、青学長距離は、1976年を最後に10年間、箱根駅伝本戦から遠ざかっていました。在学中、昔の長距離ブロックは、ここで練習していたのだろうか?と、強かった時代を感じることはできませんでした。

一度だけこのグラウンドで合宿をしたことがあります。夜、お風呂に入るとお湯が真っ黒で驚いたのを覚えています。綱島の地は温泉がよく出る場所で、鉱石の層を通ってくるためらしいです。「これなら掃除しなくても分からないね」と会話した記憶が残っています。

ここには硬式野球部のグラウンドと寮もあり、私が卒業した後には 、ソフトバンクの小久保選手 や マリナーズの井口選手も在籍していたそうです。野球部員は、ここから専用バスで厚木キャンバスまで通学していました。

さらに馬術部の馬小屋と練習場もありました。これらはすべて町田市の淵野辺駅周辺に移転し、2001年にはグラウンドとしての役割を終え、マンション建設が始まったとのこと。

インターネットには「青学のグラウンドだった。」との記述が残っていますが、現地にはそのような看板は見当たりませんでした。いずれ、このことも、少しずつ人々の記憶から消えていくのでしょう。

私が卒業した18年後に、青学が箱根駅伝本戦に出場するとは、夢にも思いませんでした。監督やコーチも大事ですが、練習施設や環境整備の面が大きいと思います。

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つつい 広治

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肩書 安城市ボランティア連絡協議会、安城市総合計画審議員、安城市民協働推進会議委員、安城市社会福祉協議会理事、安城防災ネット(ボラ連常任委員)、元新田町内会副会長
党派・会派 無所属
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