2026/5/29
お元気ですか?荒川区議の大月です。

■明治の改暦がもたらした断絶と「五節句」の生活科学
かつての日本人は、誰もがこの「月のリズム(旧暦・太陰太陽暦)」を身体感覚として共有していました。しかし、明治6年の「改暦」によって、日本は突然、西欧基準の太陽暦へと切り替えられました。これにより失われたのは、単なる日付の数え方ではなく、自然の循環と人間のいのちのつながりそのものでした。
現代の私たちは、まだ寒さの厳しい1月1日に「迎春」と呼び、5月の連休(新暦の端午の節句)頃に体調を崩しがちです。しかし、本来の旧暦に照らし合わせれば、2月頃にようやく春の兆しが訪れ、七草も自然に芽吹きます。「五節句(人日、上巳、端午、七夕、重陽)」とは、単なる年中行事ではなく、季節の変わり目の「もっともいのちが危うくなる(病気になりやすい)時期」に薬草を食べ、邪気を払うという、生き延びるための切実な「生活科学」のアーカイブだったのです。
また、旧暦23日から24日にかけて行われていた「二十三夜講(お月待ち)」では、地域の女性たちが集まり、知恵を司る「勢至菩薩(せいしぼさつ)」や、いのちを守る「お地蔵様」を祀りました。自然の猛威の中で家族を守り、生き抜くための知恵を授かる祈りの場が、暦と共に毎月の中に組み込まれていました。
■19年周期の「朔旦冬至」とこれからの使命
太陽暦が「外側の社会(農耕の目安)」を示すものだとするならば、月の暦は「内側の身体や精神」を司るものです。 この太陽と月のサイクルが完璧に重なり、19年に1度リセットされる奇跡的な日を「朔旦冬至(さくたんとうじ)」と呼びます。古代からこの前後5年間は天変地異や災害が多くなる時期とされ、人々は祈りを捧げてきました。伊勢神宮で20年に1度行われる「式年遷宮」も、本来はこの19年周期(朔旦冬至)を意識し、自然界の生態系と伝統技術を19年ごとに若返らせ、循環・維持させるための壮大な計画であったと考えられます。
かつて小泉八雲は、山川草木、海、風、さらには井戸やかまどに至るまで、万物に神を見出し、祖先を崇拝する日本人の精神性を絶賛しました。私たちが「迷信」として片付けてきた暦や伝承、祭りには、人間が自然と共生するための最高の知恵がパッケージングされています。
目に見える効率や数字ばかりを追い求める現代だからこそ、私たちはもう一度、夜空に浮かぶ月に目を向け、いのちのリズムを取り戻さなければなりません。新月の木で造られた、呼吸するリラックス空間を子供たちに手渡すこと。そして、先人が紡いできた豊かな知恵のアーカイブを次の100年へとつないでいくこと。それこそが、今を生きる私たちの使命です。
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