2026/8/16
終戦記念日の昨日15日は長女の誕生日でもありました。
18年前、初めての出産はあまりの痛さに本当に驚きました。
15時間にわたる出産を終えた直後から、365日24時間休めない日々が始まりました。
初めての子で、宝物のように大事に大事に育てました。
初めて転んだ時は破傷風になったらどうしようと心配になり病院に行き看護婦さんに諭されました。
一歳でハチミツ入りお菓子を食べてしまって、どうしよう😱とパニックになって救急に電話して看護婦さんに諭されました。
3日間40度の熱が下がらなかった時は、どうしたらいいかとあちこちに電話してアドバイスを仰ぎました。
子育てに妥協できなくて、ある保育環境で絶対に育てたくて、他県にまで行きました。日本中を巡り同系列の保育園におじゃましました。
そして何百万もかけて自宅敷地を改造、準備をして自主保育をしました。
夫も無給の育児休暇を取り、全力の子育てに参戦しました。
我が家の全財産が20万というタイミングで夫は復職しました。
お金も時間も惜しむことなく、子ども達にかけました。
子ども達が笑っているか、楽しんでいるか、安心しているか、それがいつも答えでした。
そんな月日はあっという間に過ぎ、18歳、成人になりました。
「うちほど自由度の高い家はない」と子ども達が言いますが、何よりも子ども中心で自由にのびのびと、何一つ不自由なく育ちました。
小さかった頃は、ゲーム大会や出し物も準備した盛大な誕生日をしていました。
親も毎回出し物を考えて準備、練習するので大変でしたが、本当に幸せな時間でした。
18歳の誕生日には、妹が随分前からプレゼントの準備をしていたのは知っていましたが、
まさかの弟(息子)からもプレゼントがあってびっくり、みんななけなしのお小遣いで、感動しました。
きょうだいみんな仲良く育ち、それが何より嬉しいです。
受験生なので、来年はもう家にはいないかもしれません。(第一志望合格を祈る)
親子が一緒にいられる時間は、一生のうちのほんの少しです。
置いていかれる方はこんなに寂しいんだと、母親になって初めて知りました。
私も子どもだった頃、前しか見ていなかった。
母子家庭で女手一つで必死に私と兄を育て、兄が先に県外に出ていき、そして私が出ていき、一人山梨の、今まで親子三人で生活してきた家に残された母は、どんなにか寂しかったことだろうか。
子ども達には、自分の人生を、思いっきり楽しんで生きてほしい。
HAPPY BIRTHDAY

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