2026/8/18
兵庫県 川西市議会議員(薬剤師) #長田たくや です。
議事録から自分の4年間を振り返るシリーズ。
前回の2023年後半では、「その数字、本当に成果を表していますか?」という視点が、自分の議会質問の一つの型になっていました。
・分母は何人なのか。
・前年と同じ条件で比較しているのか。
・数値目標の改善と、市民の暮らしが改善したことは関連性は。

そして2024年前半。
改めて議事録をまとめて読み返してみると、さらに一歩進んでいました。
「そもそも、その数字を目標にしていいのか?」
「その施策のおかげで数字が動いたと言えるのか?」
「税金を投入するだけの効果があるのか?」
つまり、数字だけでなく、数字の前提、本質そのものを問うことが増えていました。
■ 「持続可能」と書くだけで、本当に持続可能なのか
1月、川西市北部地域のまちづくり方針についての議員協議会。
計画にはやたらと「持続可能な地域社会の実現」という言葉が出てきます。
でも私は、少し引っかかりました。行政サービスを増やせば、当然お金がかかります。
その負担を現役世代が担い、その負担が大きくなれば、今度は子育てにも影響する。
そうなれば人口減少がさらに進み、サービスを増やしたことで、逆に「持続可能」ではなくなる可能性もあるのではないか。
そんな趣旨の質問をしています。
人口が減っていくのであれば、「何を新しく作るか」だけではなく、「何を捨てるか、集約するか」も考えなければなりません。
加えて、住民説明の際には、「これを実現するには、これだけのコストがかかる」というところまで共有した方がいい。
「持続可能」という耳ざわりのよい言葉ではなく、本当に持続する仕組みになっているのか。と問うていました。
■ 血圧の数字が低ければ「健康」なのか
同じ1月、健幸まちづくり計画の議論では、健康を測る指標そのものについて質問しています。
次のような例をあげました。
・血圧140の人
・薬を複数服用して130に下げている人
単純に血圧の数字だけを見れば、130の人の方が「健康」と判定されます。
でも、「どちらが健康という状態になるんですか」と質問しています。
ここで問題にしたかったのは、個々の医学的判断というより、行政が「健康」を一つの数値だけで測ってよいのか、という指標設計です。
年齢によって身体の状態も変わる。
服薬の有無も違う。
生活習慣も違う。
それなのに一定の基準値だけで、
基準内=健康
基準外=不健康
とすると、政策の方向までずれてしまう可能性があります。
これは市政だけではなく、日本の医療全体に対して言えることですね。
■ 達成できないKPIを置いていないか
2月のデータヘルス計画では、LDLコレステロールの有所見者割合を減らすという目標について、
「正直、90%ぐらいの確率で無理やと思います」と、かなりストレートに言っています。
コレステロール値は、年齢や男女構成によって数値そのものが動くことを踏まえ、行政の取組では動かしにくい数字をKPI(重要業績評価指標)にしてしまっていないかを問題にしていました。
これは重要なところだと思います。
目標値を置けば政策評価をしているように見えます。
しかし、
市が努力しても変えられない数字を目標にしてしまえば、そのKPIは行政の評価指標として機能しません。
逆に、人口構成などの影響で自然に改善する数字なら、行政が何もしなくても「目標達成」になる可能性があります。
2023年は「KPIがあるか」を見ていました。2024年では、「そのKPI、そもそも設計として正しいですか?」を見るようになっています。
■ また「母数は何人ですか」
3月の介護保険予算審査でも、相変わらず聞いています。
フレイル改善短期集中プログラムについて、参加目標人数などが示されていましたが、
「その対象母数というのは結構多いのは多いんでしょうか」
と確認しています。
「10人参加した」→それだけでは分かりません。
対象者が12人なら大成功!しかし、1,000人ならば話が変わります。
しかも、その事業には予算も投入されています。
対象は何人いて、
→ 実際に何人参加
→ 何人改善
→ いくらかかった
まで見ないと、事業評価はできない。
■ 制度そのものが「頑張るほど損」になっていないか
同じ介護保険の審査で、もう一つ問題提起しています。
介護の現場では、「利用者の介護度が改善すると、事業所に入る報酬が減る」という構造があります。
議会でも、「頑張って介護をして状態をよくすればするほどお金が入らない」という矛盾を指摘しています。
もちろん、これは川西市だけで解決できる問題ではありません。
でも私は、政策を見るとき、「人は、その制度の中でどんな行動をするようになるのか」を考えることも重要だと思っています。
良いことをした人が損をする制度なら、制度設計のどこかがおかしい。
これは行政のKPIにも同じことが言えます。
数字だけを目標にすると、数字をよくすること自体が仕事になってしまう。
本来の目的とインセンティブが一致しているのかを見る必要があります。
■ 「有料化したらごみが減った」――本当に有料化のおかげ?
そして2024年前半で、特に今の自分につながっていると思うのがごみ有料化の議論です。
6月定例会では、市がごみ有料化の事例として京都市などを示していたことに対し、有料化した後にごみが減ったからといって、それだけで「有料化の効果」と言えるのか、を問題にしました。
日本全体でも2000年前後をピークにごみ量が減っています。
紙の使用量も減少し、仕事の資料は紙からデジタルへ、CDやゲームなども物理媒体からデータへ変わりました。
そういう社会変化と同時期に有料化した自治体なら、有料化しなくても、ごみは減っていたかもしれません。
議会では、「このときに有料化をすると、有料化によってごみが減ったというような発想に至ってしまいかねない」と指摘しています。
だから見るべきなのは、有料化した自治体の前後比較だけではありません。
☑有料化していない自治体はどうだったのか。
☑同じ人口規模ではどうか。
☑同じ時期に社会全体のごみ量はどう変化していたのか。
これはまさに、「相関関係と因果関係を分ける」という話です。
後に私が自治体を横断して、ごみ有料化の有無と排出量を調べることにつながっていく考え方が、ここにはもう出ています。
■ 市民に「ごみを減らして」と言う前に、市役所は?
この一般質問では、学校給食の残食にも触れています。
調べたところ、中学校のご飯だけでも年間かなりの量が残っていました。
そこで、
市民には「生ごみを減らしましょう」と言いながら、市が管理する学校から出る食品残渣はそのまま燃やしていていいのか
と質問しています。
当時の議会では、中学校のご飯だけで年間約32トンという数字を示し、堆肥化や飼料化などを他自治体から研究してはどうかと提案しています。
これも考え方は同じです。市民に負担を求めるなら、行政側も先にできることをやる。
ごみ袋に新しい負担を乗せる前に、本当に行政側で改善できる余地はないのか。
現在も続いている、ごみ行政についての私の基本姿勢です。
■ 「そのデータはありますか?」
6月の学校給食についての質問では、我ながら非常に分かりやすい発言も残っていました。
行政側から分付き米に関する説明が出た際、「そのデータはあるんですか。それは個人の感想ですか。それとも、そういった客観的データはあるんですか。」と聞いています。文面だけ見ると嫌なヤツですよね(笑)。
でも、行政が政策判断をする以上、
「何となくそう思う」
「今までそうだった」
「一般的にそう言われている」
だけではなく、
何を根拠にそう判断したのか
を確認することは、議会の役割だと思っています。
■ 税金を使うなら、自分でも計算してみる
6月の厚生文教常任委員会では、帯状疱疹ワクチンへの助成について議論しました。
対象想定は928人。
県2,000円、市2,000円を補助し、市の予算は371万2,000円。
私は治験データなど当時入手した資料を基に、
928人に接種した場合、発症を何人防ぐことになるのか。
その人たちを通常治療した場合の医療費と比べるとどうなのか。
を自分で試算して質問しています。
ここで重要なのは、ワクチンに賛成か反対かだけではありません。
市民の税金を使って補助するなら、医療効果だけではなく医療経済的な根拠も必要なのではないか
ということです。
病気を防げるなら何でも税金を投入する、では予算はいくらあっても足りません。
限られた税金だからこそ、どこに使えば最も効果が大きいのかを比較しなければならない。
■ あとで回収できたか確認する
同じ6月、保健センターのZEB化改修についても質問しています。
通常の改修より多く費用をかける一方、省エネによってランニングコストを下げる事業です。
そこでまず、
追加投資分は何年で回収する想定なのか
を確認すると、説明では長期的なスパンで回収する想定でした。
続けて、
毎年の光熱費が、シミュレーションどおり下がったのか検証する予定はあるのか。
と質問しています。
これも2023年から続く話です。
事業を始める前にシミュレーションする。
そして、始めた後に答え合わせをする。
税金を多く投入する以上、
「50%削減する予定でした」で終わらず、
実際は何%だったのかを市民が確認できる状態にしてほしい。
予測と実績を比べて初めて、次の政策判断に生かせます。
■ 間違っていたら、判断を変える
6月の厚生文教常任委員会。
後期高齢者医療広域連合の規約変更と、国が実施していたパブリックコメントとの関係を私が誤って理解し、一度は議案に反対する意向を示しました。
市行政側も間違っていたかも…ということで、少し休憩が入り、調査することに。
しかし、その後の説明を聞いて、自分の前提が間違っていたことが分かります。
「最初は否決させていただくという話をさせていただきましたけれども、撤回させていただきたい」
と、その場で判断を変えています。
これは別に格好いい話ではありません。
最初から正しく理解できていれば、それが一番です。
ただ、
一度言ったから引っ込みがつかない、という理由で間違った判断を続ける方が、もっとまずい。
データを調べる。
質問する。
説明を聞く。
そして、自分の前提が間違っていたら修正する。
恥ずかしいことだけど、議員として大事にしたい姿勢です。
■ 「制度上できません」で終わらせない
3月には「おくやみコーナー」の設置を求める請願にも賛成しています。
死亡後の手続をワンストップに近づけようとしても、国の制度などが絡み、市役所だけでは完結できないものがあります。
でも、「制度上できません」=何もしなくてよい ではありません。
議会では、
制度的、技術的な問題なら、人間の知恵を生かして活路を見いだすこともできる
という趣旨で討論しています。
例えば年金事務所まで出向かなければならないなら、より行きやすい窓口を案内できないか。
完全なワンストップが無理でも、市民の負担を10から8に、8から5に減らすことはできるかもしれない。
合理化とは、単に事業を切ることではありません。
市民側の手間を減らすことも、行政の合理化だと思います。
■ 2024年前半を振り返って
2024年前半は、
「そもそも、その前提は正しいですか?」
になっていました。
☑目標値を置く前に、その指標は正しいのか。
☑数字が動いたとき、本当にその施策のおかげなのか。
☑税金を投入するとき、その費用に見合う効果はあるのか。
☑予測した効果は、実施後に確認しているのか。
☑制度の構造が、逆の行動を促していないか。
そして、自分の前提が間違っていれば、自分の判断も変える。
疑うこと自体が目的ではありません。
よりよい判断をするために、一度「本当に?」と考える。
行政が示した数字も、国が示した制度も、自分自身の考えも例外ではありません。
6月定例会の最後には、地方自治法第2条第14項を引用していました。
「最少の経費で最大の効果を挙げる」
私はこの考え方を、かなり大切にしています。
ただし、数字だけで全てを切るという意味ではありません。
☑市民の負担を忘れない。
☑制度からこぼれる人を見る。
☑必要なところにはお金を使う。
そのうえで、「この税金の使い方で、本当に市民の暮らしはよくなるのか」を考える。
2024年前半は、自分の中でその問い方がかなり固まってきた半年だったように思います。
次回は、2024年後半を議事録から振り返ります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な一日でありますように。
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