2025/4/28
こんにちは。兵庫県川西市議会議員の長田たくや(ながたく)です。
今日は日本の”主権回復の日”です。
日本の占領政策を行ったGHQのトップである、マッカーサー語録についてお話します。
■ 歴史的経緯とマッカーサーの議会発言
1945年(昭和20年)8月15日、日本がポツダム宣言を受諾(敗戦)
同年9月2日、日本が無条件降伏文書に調印。(正式に戦争が終結)
1951年(昭和26年)9月8日、日本国との平和条約(サンフランシスコ講和条約)
1952年(昭和27年)4月28日、条約が発効されて正式に主権が回復。
1972年(昭和47年)5月15日、沖縄返還
ざっくりこんな流れ。私は1982年生まれなのですが、自分が生まれるわずか10年前まで、沖縄はアメリカ統治下だったなんて信じられませんね。
さて、GHQのマッカーサーがアメリカ議会にて、「先の大戦は日本にとって”安全保障のための戦争であった」と発言した原文についてご紹介します。
"Military Situation in the Far East pt.1 (1951)" →(リンク)
1951年にアメリカ上院議会で開かれた、軍事・外交合同委員会の公聴会がありました。マッカーサーは日本との戦争について以下のように述べています。

もし日本が侵略目的で他民族を根絶やしにしようとしていたならば、“invasion”と表現されていたでしょう
■ 本文の和訳
当該ページは、リンク先のP.57にあります。日本語訳だとこんな感じ。
【第二次世界大戦における日本に対する戦略】
Senator HICKENLOOPER:
あなたが提案している中国本土への海上・空中封鎖戦略は、太平洋戦争でアメリカが日本に対して採った戦略と同じではないでしょうか?General MACARTHUR:
その通りです。
太平洋戦争では我々は敵を迂回し、包囲しました。
理解していただきたいのは、日本は約8,000万人もの巨大な人口を、たった4つの島に抱えていたということです。
その人口の約半分は農業に従事しており、残りの半分は工業に従事していました。潜在的に見て、日本の労働力の量と質は、私がこれまで知った中でも非常に優れたものでした。
日本人は、労働の尊厳、つまり人は怠けているよりも、働き建設している方が幸福だということを、どこかの段階で発見していました。このような膨大な労働力があったため、彼らには「働く対象」が必要だったのです。
彼らは工場を建設し、労働力も備えていましたが、基本的な資源を持っていませんでした。日本には、蚕(シルクワーム)以外にはほとんど何も自生していません。
綿花も羊毛も、石油製品も、錫も、ゴムも、多くの資源が不足していました。
これらすべては、アジア地域に存在していたのです。彼らは、もしこれらの供給源が絶たれたなら、日本国内に1000万〜1200万人もの失業者が生まれると恐れていました。
したがって、彼らが戦争に踏み切った目的は、主として安全保障によるものでした。
原材料を供給していたマレー、インドネシア、フィリピンなどの国々を、準備と奇襲の利を生かして一気に制圧し、彼らの基本的な戦略構想は、それらの外縁拠点を保持することにありました。
そして、アメリカ側がそれらの拠点を奪回しようとする過程で膨大な死傷者を強いられ、最終的には、日本が支配下に置いたこれらの地域の資源を認めるような和平条約を結ばせる、というものでした。
これに対して我々は、まったく新しい戦略を編み出しました。日本側が保持している拠点を正面から攻撃するのではなく、それらを回避し、背後に回り込んだのです。
我々は次第に日本本土と占領地域を結ぶ連絡線に迫っていきました。
フィリピン、沖縄を攻略した時点で、我々は海軍と空軍による封鎖を実施し、補給路を断つことが可能になりました。封鎖を適用した瞬間から、日本の敗北は確定的なものとなりました。
最終的な結果として、日本が降伏したとき、彼らにはまだ300万以上の、私がこれまで知った中でも最も優秀な地上軍が存在していましたが、彼らは武器を置いたのです。なぜなら、戦うための物資がもはや手に入らず、また我々が攻撃を仕掛ける重要地点に必要な資材を集める力も失っていたからです。我々は、彼らがいない場所を攻撃しました。その結果、彼らのあの立派な軍隊は、非常に賢明にも降伏したのです。
太平洋地域に展開していた我々の地上戦力は、おそらく日本軍が持っていた地上戦力の3分の1にも満たなかったでしょう。
しかし、先ほど述べたように、我々が封鎖を行い、彼らの経済システム全体を破壊したことで、日本は部隊に必要な物資を供給できなくなり、そのため、彼らは降伏したのです。
供給源に関しては、経済封鎖を日本に強いていましたが(ABCD包囲網)、満州事変の対応等で、世界にそれらを招いてしまうきっかけを与えてしまったのも事実だと思います。
歴史は、こういった状況を俯瞰してみて、同じことをしないように学ぶものだと思います。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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