2025/2/23
兵庫県 川西市議会議員(薬剤師) #長田たくや です。
今日は天皇誕生日ですが、昨日2月22日は「猫の日」であり、「竹島の日」でもあります。今日は竹島についてのお話です。

なんで猫の日を先に紹介するねん!いやいや、実は、猫の日の方が大先輩でしたニャン・・・
1987年:猫の日実行委員会が「猫の日」を制定
2005年:島根県が「竹島の日」を制定
■ 竹島の場所
あらためて場所をしっかり確認しましょう。
【竹島】
現在、韓国は竹島に「独島」なんて変な名前を付け、ヘリポートや港まで建設し、実効支配という「力」で占拠しています。同盟国アメリカの基地には声高に反対する人々も、竹島はダンマリ決め込んでいますね…
【隠岐の島】
竹島から見て日本側には島根県の「隠岐の島」があります。昔話「因幡の白兎」では、兎がサメを並べて渡った場所ですが、うさぎ走りすぎやで^^;。歴史的には流刑の地でもあり、後醍醐天皇も配流されました。
【鬱陵島(ウルルン島)】
竹島から見て韓国側には鬱陵島があります。すごい漢字だなって思ったけど、名前の「鬱」は“鬱蒼(うっそう)と茂る”のように密集を意味し、「陵」は丘。つまり「鬱陵」は「緑豊かな丘」という意味らしい。現代では「鬱病」のイメージから、落ち込んでいるイメージですよね。
■ 竹島の歴史
島根県は「韓国による竹島の不法占拠を許さんぞ!」と至極当然の主張しており、歴史的資料による多くの裏付けもあります(リンク)。
1724年、鳥取藩が作成した地図には3つの島群(現・鬱陵島=当時の竹島、現・竹島=当時の松島)が描かれています。鬱陵島周辺では朝鮮半島との小競り合いもあったようです。

その後、人類の悪い癖が発症し、現・竹島のアシカが乱獲により絶滅の危機に瀕しました。1905年1月28日、日本政府は竹島が無人島であることを確認し、閣議決定で島根県に編入。2月22日に島根県知事が正式に受け入れたことで、竹島と鬱陵島の線引きが明確になりました。
当時はなんと、日本は日露戦争の真っ只中でした。
■ 李承晩ライン
やはり日本人として「李承晩ライン」は知っておくべきでしょう。
第二次世界大戦後、日本はGHQにより「マッカーサー・ライン」を引かれ、漁業活動が制限されていました。食糧事情から範囲は徐々に拡大されましたが、なんとも面倒なことに竹島は最後まで含まれなかったのです(ぅおい!マッカーサーよ…)。

このラインは1951年9月のサンフランシスコ平和条約で廃止され、1952年4月にやっと失効します。
その直前の1952年1月、韓国の李承晩大統領が独自に「李承晩ライン」を勝手に設定したのです。これにより竹島が韓国の主張する漁業水域に組み込まれてしまいました。当時の韓国からしたら、GHQラインが消滅したら日本人の漁船がやってくるやん!となんとも必死だったようです。
アメリカは翌月、「おいおい、あかんで!」と韓国に抗議をしますが、それを無視して竹島で漁業をします。日本の巡視船が警告に出動すると銃撃される事態にまで発展しました(これはひどい)。

■ 日本漁民の被害
巡視船は役割としてのリスクはありますが、普通の漁民たちにとっては災難です。
李承晩ライン設定後、1947年から1965年の間に、なんと日本漁船は韓国により327隻拿捕、うち3隻は沈没、182隻は返還されず、3,911人が抑留、8人が死亡という被害を受けました。当然、日本国内でも報道され、抗議のデモ活動が起こっています。

ただし、多くは対馬や済州島あたりの話で、竹島付近ではないなかったとのことです(私も勘違いしていました)。
下図だけみると、いやいや日本も韓国の近くで漁業しすぎやろ…って感じもしますが、当時は公海であり自由に漁業ができる場でした。明らかに日本国内である対馬の南あたりで拿捕しているのは納得いかんよな。

本格的な経済水域が設定されたのは、1956年の日韓基本条約以降です。
李承晩ラインについて、韓国側の視点が書かれた論文があったので一部紹介します(リンク)。
マッカーサーラインの消失後、日本の漁業拡大を韓国は恐れており、実際、李承晩ラインの草案は、当時の商工部水産局で作成されました。草案段階では、ライン内に竹島は含まれていなかったのですが、この後に当時の外務部において草案を検討する過程で、竹島がライン内に含まれることになりました(なんでやねん)。
その後、大統領府において、さらなる拡大修正がなされたでした。
■ 実効支配を許してしまった
当時の日本は敗戦からたったの7年。自衛隊もなく警察予備隊の時代で、国力はまだ復興途上。一方の韓国は朝鮮戦争中であり、竹島を含む漁業資源の確保は死活問題だったのでしょう。日本も戦争特需にあやかっており、アメリカも日本の意を理解していましたが、両国で摩擦を起こすことを戦略上さける必要がありました。
しかし問題は、その後です。韓国が経済発展を遂げた後も、「独島は我が領土」の歌や施設建設など実効支配を既成事実化する行動を続けたことが大きな禍根となりました。
韓国が「あの時はやむを得なかった・・・ゴメン」と謝罪し、竹島返還を申し出れば立場を理解したうえでの協調もできたでしょう。しかし今日に至るまで不法占拠を続け、国際裁判所への付託も拒否している現状は、とても容認なんてできません。
日本としては歴史的資料に裏付けられた正当な主張を国際社会に訴えつつ、必要であれば関税などの経済的手段も検討すべきです。「本気でやばい」と思わせなければ、韓国が態度を改めることはないでしょう。もう潮時じゃないでしょうか。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
素敵な1日でありますように。
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