2021/3/9
先日、沖縄から届いたマスクと一緒に「カメジロー不屈の生涯」のDVDを購入した。
映画は公開時に1回観たが(監督の佐古さんが名古屋に来られた時)手元に置いておきたくて。
今回のハイライトは佐藤栄作首相と(当時)との国会での論戦、自宅と細い道路を隔てた刑務所に収監(後に宮古島の刑務所に移送)されている時期に家族がカメジローに送った「読まれなかった」手紙、また娘さんと支持者が起こした騒動を中心になっていると思うが実は、カメジローが医者を目指して勉学に励み(部活は弁論部)、恩師との思い出が詰まった「鹿児島」の地での思い出では無かっただろうか?
那覇市長として「水攻め」「琉球銀行の預金停止」「議会の氾濫」等によって僅か11か月での市長職を辞職。
更に被選挙権の剥奪、パスポートの剥奪を乗り越え、鹿児島に娘さんを連れて思い出の地に出向き、恩師と再開した場面があるが、私が考えるメインはここではないかと思う。
思い出の地でカメジローは束の間、学生時代の思い出に浸り、沖縄復帰への多くの問題から
しばし忘れる事が出来たのではないだろうか。
学生時代に社会運動で収監された際に恩師の松原先生が面会に訪れ、僅か10分の面会時間のうちの大半を無言(涙で喋れず)で通し、最後にカメジローにかけた言葉「説を曲げるなよ。」
この言葉と母の言葉、更にカメジローが好んだガジュマルが心の支えになったのではないだろうか。
「説を曲げずに。真っ直ぐに。」こうして後に佐藤首相と論戦をしたのだ。
アメリカ軍の撤退があって初めて沖縄の本土復帰が叶うと信じて。
期せずして沖縄では辺野古の埋め立てに遺骨が多数眠っている土を使おうとする政府に反対してハンガーストライキ(現在は終了)を含む反対運動が起こっているが「2度殺す」事は断じてあってはならない。
このような事態になっても私を含め、本土の人間は(マスコミ含め)無関心である。
ワクチン接種の問題、生活が逼迫している状況と理由は様々であるがそれでも決して見過ごす事は理解出来ない。
「思いやり予算」の増額早々と決定しているのであればなおさら事だ。
この国はどこまでも「沖縄だけの問題」で全てを片付けようとしている。
何回も言うが「沖縄の問題」を解決しなければ「戦争の総括」は出来ないし、日本国としての防衛問題など考える事は出来ないのだ。
「小異を捨てず大同団結」これが現在のオール沖縄の考え方の元になっていると思うが
同時にこれが今の野党が政権交代する為に必要な運動の基礎になるのではないだろうか?
「誰しも考え方の相違はある。しかしそれは捨てずに大同団結しなければならない。」
というカメジローの教えだ。
今の日本でそれを理解し、実践している政治家は1人だけではないだろうか。

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