2026/7/17
悲しい歴史から生まれた、斜里町と弘前市の固い絆
本日7月17日、北海道斜里町で「第54回 津軽藩士殉難慰霊祭」が執り行われました。
谷川政人弘前市長が読み上げた慰霊の言葉から、両市町を繋ぐ歴史をご紹介します。
【斜里で任務に就いた藩士たち】
江戸時代、北方警備のために斜里へ派遣された津軽藩士たち。しかし、経験したことのない極寒、栄養不足や病により、多くの方が故郷・津軽の地を再び踏むことなく、この地で亡くなりました。
【時を超えた発見と慰霊】
この出来事は長く歴史に埋もれていましたが、昭和29年に当時の日記が発見されて史実が明らかになりました。その後、斜里町の皆様の温かいお志により昭和48年に慰霊碑が建てられ、今日まで毎年丁寧な慰霊祭が営まれています。
【ねぷたが繋ぐ現在の交流】
この歴史的なご縁から、現在では「しれとこ斜里ねぷた」が開催されるなど、文化や産業を通じた深い交流が続いています。先人たちの悲しい歴史は、今では両市町の強い信頼関係に変わりました。
慰霊碑を長年守り続けてくださっている
「津軽藩士殉難慰霊碑を守る会」をはじめとする斜里町の皆様、本当にありがとうございます。
知床の豊かな自然の中で、藩士の皆様が安らかに眠られますようお祈り申し上げます。




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