2026/6/15
※本稿は、令和8年6月15日時点の報道内容等をもとに、仮に大阪府域全体で住民投票が実施される場合、府内各市町村や市町村議会でどのような混乱が生じ得るのかを、地方議会の実務面から考察するものです。
各所からいただいたご助言・ご指導も踏まえて整理していますが、法案本文が正式に公表されていない段階での仮定も含まれます。
手続面、法令解釈、選挙実務、予算審議などについて、事実誤認や補足すべき点がありましたら、ぜひご指摘・ご教示ください。
本稿が、大阪府や大阪市の政治日程だけでは見落とされがちな、府内各市町村の実務負担や議会手続の問題について、府内自治体関係者や有権者の皆さまが考えるきっかけとなれば幸いです。
現在、大阪都構想に関する新たな動きとして、副首都法案の附則で大都市法を改正し、「大阪府」から「大阪都」への名称変更や、特別区設置を含む住民投票を、大阪府域全体で実施できるようにする案が検討されているとのことです。
現時点では法案本文が正式に公表されているわけではないため、あくまで報道ベースでの考察になりますが、仮に府域全体で住民投票を行うとなれば、大阪市以外の府内市町村にも、投票所の設置、期日前投票、開票作業、人件費、システム対応、入場整理券の発送など、具体的な投票事務が発生します。
今回は、府域住民投票が行われた場合、府内各市町村と議会でどのような混乱が生じ得るのかを、地方議会の実務面から考察してみたいと思います。
これまでの大阪都構想の住民投票は、大阪市を廃止して特別区を設置するかどうかを、大阪市民に問うものでした。
しかし、今回報じられている仕組みでは、「大阪府」から「大阪都」への名称変更も含めて、大阪府域全体の住民投票で問う可能性があるとのことです。
そうなれば、大阪市以外の住民にも投票権が及ぶ一方で、府内各市町村の選挙管理委員会にも投票事務が発生することになります。
投票所の確保、期日前投票所の設置、開票所の手配、職員配置、会計年度任用職員や委託の調整、入場整理券の発送、システム対応、超過勤務対応、当然ながら経費も発生します。

今回の府域住民投票に係る投票事務が地方自治法の第二号法定受託事務として整理されるのであれば、市町村は法令上、その事務を処理する立場になります。
第二号法定受託事務とは、本来的には都道府県が果たすべき役割に係る事務を、市町村が法令に基づいて処理するものです。
この場合、各市町村長が政治的な賛否を理由に、「住民投票に反対だから投票事務を行わない」或いは「投票事務に必要な補正予算案を議会に提案しない」といった対応を取ることは、制度上許容されないと考えられます。

法令に基づく事務執行である以上、首長や自治体によるサボタージュは許されませんが、むしろ、法令上処理せざるを得ない事務について、その経費をどう予算化するのか、市町村議会の審議をどう確保するのか、市町村の一般財源負担を生じさせない制度設計になっているのか、等が課題となります。
府域住民投票に係る投票事務費を通常の手続で処理するなら、各市町村長が補正予算案を提案し、市町村議会で審議・議決することとなります。
各市町村の令和8年度当初予算が編成・議決された段階では、府域住民投票の制度設計どころか、実施の有無すら決まっていなかったため、当然、各市町村が当初予算に府域住民投票の投票事務費を織り込めるはずもありません。
つまり、仮に府域住民投票が実施されるのであれば、各市町村は年度途中に、後から降ってきた政治日程に合わせて補正予算対応を迫られることになります。
これは、市町村の予算編成、議会審議、選挙管理委員会や財政当局の実務から見れば、事後対応が求められ、率直に言って非常に迷惑な話です。
また、大阪府域全体の制度変更に関わる住民投票となると、その投票事務費・予算は各市町村議会で政治的な争点になり得ます。
大阪府議会・大阪市会では、維新が大きな勢力を持っていますが、大阪市以外の府内市町村議会では、維新会派が過半数を占めているわけではありません。
そのため、各市町村議会で、提案された住民投票に係る補正予算案について、
「なぜ市町村がこの経費を負担するのか」
「大阪府又は国が全額負担するのか」
「市の一般財源負担は生じないのか」
「事前交付なのか、事後精算なのか」
「通常行政への影響はどう補填されるのか」
といった意見や反発が出ることは十分に考えられます。
場合によっては、補正予算案が否決・減額される自治体が出ても不思議ではありません。
この時点で、府域住民投票は大阪府や大阪市だけの政治的闘争ではなく、府内各市町村議会の予算審議に直接影響するイシューとなります。

投票事務費が第二号法定受託事務に伴う義務的経費と整理される場合、市町村議会が補正予算を否決・減額したとしても、それで終わりにはなりません。
地方自治法177条は、議会が法令により負担する経費や義務に属する経費を削除・減額した場合、長が理由を示して再議に付す仕組みを定めています。
つまり、市町村議会が投票事務費を削除・減額した場合、市町村長は、
「これは法令により処理しなければならない投票事務に係る義務的経費である」
として、再議に付すことが可能となります。
この場合、議会側が再議に付された後も投票事務経費の削除・減額を維持するには、出席議員の3分の2以上の反対が必要となります。
つまり、過半数の反対だけでは予算案の削除・減額を維持することはできませんが、再議に付された投票事務経費に対し議会の3分の2以上が反対すれば、再議後も投票事務経費の削除・減額が維持されることになります。
さらに、再議後に議会がなお削除・減額を維持した場合であっても、当該経費が「法令により負担する経費又は義務に属する経費」に当たるのであれば、首長は地方自治法177条2項に基づき、予算を支出できるとされています。
このように、制度上は投票事務費の執行を最終的に確保する仕組みがありますが、「最終的に支出できるから問題ない」という話ではなく、府内各市町村議会で、府域住民投票補正予算案の否決、減額、再議、更なる否決・減額、最終的に長による予算計上・支出といった手続が相次げば、それ自体が大きな政治的・実務的混乱になります。地方議会の現場を知っていれば、これは容易に想像できます。

では、各市町村長が住民投票の補正予算を専決処分で処理すればよいのでしょうか。
これも簡単な話ではありません。
まず、専決処分は、議会審議を回避するための便利な手段ではありません。
地方自治法179条の専決処分とは、議会を招集する時間的余裕がない場合など、特に緊急性がある場合に認められる例外的な制度です。
府域住民投票の日程が政治的にあらかじめ見えているにもかかわらず、投票事務費を専決処分で処理すれば、
「本当に議会を招集する時間的余裕がなかったのか」
「議会で否決されることを避けるために専決したのではないか」
「財政民主主義を迂回したのではないか」
という批判を受ける可能性があります。
また、地方自治法180条に基づく専決処分についても、各自治体の議会があらかじめ指定した専決事項の範囲に、今回のような府域住民投票の投票事務費が含まれるかどうかは、自治体ごとに確認が必要です。
国政選挙、府知事選挙、府議会議員選挙、市長選挙、市議会議員選挙などの選挙費補正があらかじめ想定される事項に、今回の府域住民投票の上乗せ支出が当然に含まれるのかが当然、争点になり得ます。
さらに、179条専決の場合、事後に議会の承認を得る必要があります。
仮に議会が承認しなかったとしても、専決処分の効力が当然に失われるわけではありませんが、議会が公式に「承認しない」と意思表示した事実は残ります。
長や執行部は、なぜ専決処分を行ったのか、なぜ通常の補正予算審議を経なかったのか、なぜその経費を市町村が支出したのかについて、重い説明責任を負うことになります。
各首長や執行部にとって大きなリスクとなるのは、住民監査請求です。
議会による再議の否決に伴う法令に基づく義務的経費としての支出であっても、専決処分に基づく支出であっても、公金支出である以上、事後的に住民監査請求の対象となる可能性があります。
特に問題となるのは、
「その経費は本当に市町村が負担すべきものだったのか、あるいは本来、大阪府又は国が負担すべき経費を、市町村が負担していないか」
「投票事務を超えた政治的広報費等が混ざっていなかったか」
「必要最小限を超えた支出になっていないか」
などです。
法令に基づき市町村が投票事務を処理すること自体は自治法上容認・想定されていても、それは市町村が最終的な財政負担を負って当然という意味ではありません。
本来的には国や大阪府側の責任に係る住民投票事務を市町村が処理するのであれば、その経費については大阪府又は国が全額負担し、市町村の一般財源負担を生じさせないことが最低限必要ではないでしょうか。
ここが曖昧なまま進めば、市町村長や執行部にとっても大きな予算執行リスクとなります。
ここまで見てきたように、府域住民投票となると、大阪府議会や大阪市会だけで完結する話ではなくなります。
府内市町村の選挙管理委員会、財政当局、総務部門、そして市町村議会に、具体的な実務負担と政治的混乱やリスクを生じさせる可能性があります。
大阪府内には、維新系の首長も多くいらっしゃいます。
しかし、今回のように、府域全体の住民投票を政治日程として進めるのであれば、吉村知事や維新執行部は、それらの首長に対して、どのようなリスクや負担が生じるのかを事前に相談・共有しているのでしょうか。
これらは、維新系の首長にとっても決して小さなリスクではありません。
また、大阪府議会や大阪市会以外にも、府内には多くの市町村議会があり、維新所属・維新系会派の市町村議員もたくさんいます。
今回考察しているような各市町村議会での混乱は、地方議会の実務を少し考えれば分かることですが、府域全体で住民投票を行うという方針について、そうした府内市町村の議員に、維新執行部からきちんと相談や共有はなされているのでしょうか。
おそらく、十分にはなされていないのではないか。
だとすると、執行部のトップダウンで、ろくに現場や実務面での議論もせず、強引に進めようとする昨今の党の組織体質が表れているのではないかと感じます。
府民全体に問うのであれば、その投票を支える市町村の実務と財政負担についても、正面から整理されなければなりません。
行政実務と各議会での混乱を回避する制度設計が不足したまま、府域住民投票だけを政治的に先行させるのは危険と感じます。
大阪の未来を問うのであれば、その手続は既存の法令や行政実務に適合したものでなければならないとともに、大阪府内のすべての自治体と、有権者に対して誠実かつ丁寧に説明される必要があります。
大阪府・市の都合だけで、府内市町村の現場に負担とリスクを押しつけるような住民投票の進め方は、本来の地方自治の趣旨から外れたものとなり得ます。
大阪府市の拙速かつ強引な進め方によって、今後各市町村・議会で私が想像する様な大きな混乱が生じなければ良いのですが・・・。
今回のような議会での質疑や、八尾市政・大阪府政、地方自治の仕組みについては、YouTubeでも解説しています。
統計データや公的資料、議会活動の現場で得た視点をもとに、できるだけ分かりやすく発信していきます。
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