小谷 英次郎 ブログ

#小田原市 から父として、こどもの日を祝う

2026/5/5

今日は5月5日、こどもの日です。

世界中のすべての子どもたちが、暴力に怯えることなく、安心して眠りにつける社会をつくりたい。これが、私の政治家としての変わらぬ目標です。

(写真は4年前の北條五代祭りにて)

 

👉【小谷英次郎最新Youtube動画はこちら】

https://www.youtube.com/watch?v=MnHrDthOTLU

 

本日、転載する文章は、今からちょうど4年前、街頭演説の最中に受け取った一通の手紙です。
ある日、私の話を最初から最後まで、30分以上にわたって聞き続けてくれた一人の青年がいました。
そして翌日、その青年は「直接渡したい」と、別の演説場所まで足を運び、この手紙を手渡してくれました。

「この内容を、ぜひ発信してほしい」

その言葉を受け、3年前にブログで公開しました。
そしてそれから、5月5日子どもの日に、毎年、全文を公開しています。

この声を、必ず政治に届けなければならない。
虐待を受ける子どもが一人でも少なくなる社会へ。
子どもの権利が、確かに守られる社会へ。

その実現に向けて、私はこれからも取り組み続けます。

そして、私は、今、父です。

こどもの日。
いま私は、息子に「ありがとう」と「大好きだよ」を、何度も繰り返し伝えています。

 

<兵庫県出身の若者からの手紙>

小田原市議会議員小谷英次郎さん

はじめましてと言うべきか昨日、小田原駅にて街頭演説を拝見させて頂きました。

簡単な自己紹介といいますか、現在、兵庫県のとある建設業の会社で働いています。現場監督の仕事をしています。人々の生活基盤、インフラの整備、維持をする仕事です。

人々とは直接関わりはしませんが、生活する上で必要な基盤を整備、維持することで人々の支えとなっています。

工業高校を卒業し、今の会社に就職しました。私が人との繋がりを大事にしようと思ったのは昔の頃です。私が当時小学校低学年のとき、親、兄から虐待を受けていました。

学校帰り、休日に殴られたり、蹴られたり、お風呂にて溺れさせられたりとその他色々とされてきましたが、非常に辛かったです。学校には何も言えなかったです。いえばすぐに連絡が回り、痛い目にあうと思ったからです。家にいると居場所がなかったです。

虐待は特に兄から受けており、母はみてみぬふりでした。家族という繋がりはすでになかったです。繋がりがまだあるとしたら学校でした。毎日、体が傷だらけの状態で登校していました。必ずといっていいほど心配はされますが、正直に言えなかったです。言うのが怖かったです。先生や友達が離れていくのが怖かったです。

常に仲良くしたい、楽しみたい、おいしい給食が生きがいでした。一日の中で学校にいる時間がとても幸せを感じる時間でした。帰りたくないから、学童の子らと遊ぶか、友達の家で遊ぶかして、家族との時間を作らないようにしていました。

ある日いきなり反省文を強制的に書かされました。大学ノートの紙を何枚も渡され書かされました。書き終わって見せたらものすごく怒られ、もう一度書き直せと言われ、寝ずに書いていました。

夜が明け朝になり母が起きリビングに来ました。「死にに行け!!」なのか「家から出ていけ!!」か言われた言葉ははっきりと覚えてはいませんが、寝ている兄にお別れをいい、家を出ました。完全に家族に捨てられました。絶望でした。

本当に死にたかったです。でも死ねなかったです。死ぬのが怖かったです。

殴られたり蹴られたり、度が過ぎて痛みがなかったです。体があざだらけなのに痛くなかったです。家族に捨てられたのが痛かった。学校との繋がりが消えたのが痛かったです。

朝に家を出て、兵庫県明石市を歩きました。コンビニで万引きし飲み食いしていましたが、夜遅くに明石駅にてぐったりしていた私を交番の人が保護してくれました。ちょっとの間、交番で寝ていました。

交番の警察の人が親に連絡し、母が交番に来ました。私はずっと寝たふりをしていました。帰りたくなかった。私の体がアザだらけだったため、警察の人が母に、この体の傷はあなたがやりましたか?と言いました。すると兄をかばうのか、母が自分でやりましたと言いました。

その後のやり取りは寝てしまったため、記憶には無いです。起きたらパトカーに乗り、警察署へ行き、今までの経緯を話しました。話し終わった後、明石こども家庭センターという一時保護所に行きました。一時保護所は一時的に家族と過ごせない子どもを預かる施設です。だいたい1〜2週間ほど、入所している子どもが多いです。ですが私は、家族に捨てられたため、1ヶ月ほど入所していました。

ある程度、期間を過ごしていると今後について職員と決めます。家に戻るか、児童養護施設にはいるか、問われ、即答で児童養護施設にはいることになりました。児童養護施設は色々な事情で家族と過ごせない子どもを家庭に戻るか、自立するまで預かる施設です。

私は加古川市にある某施設に入園しました。児童養護施設では2〜18歳までの子どもが過ごしています。施設に過ごしながら、幼稚園小学校〜高校まで行きます。私はこの施設に小学3年生8歳で入園し、高校卒業の18歳までいました。人生の半分は施設で過ごし、新たな出会いとつながりができました。幅の広い子ども、大人の職員とともに過ごしました。子ども、職員は家族みたいな存在です。

みんなに愛され、卒園しましたので、心にくるものがありました。卒園後もやりとりしているため、心の支えとなっています。実際に卒園後すぐに仕事を辞める子、借金してしまう子などいるのが現状です。そういうのをなくすため、私はまわりの子たちに連絡を頻繁に取っています。

そして現在、建設業で働きまた多くの出会い繋がりを見つけ、学んでいます。人は意外ともろいです。人の心はすぐ壊れます。まわりのひとによって支えられています。繋がりがあるからこそ人は成長できます。そこに気づけず1人で抱え込んでしまう人が実際にいます。

1人で抱え込んでいる人がいれば周りの人が繋がってあげてほしいです。私は一度人生を諦めたことがあります。一度繋がりが消えてました。そこから新しい繋がりができたことで、人との関わり方について考えられるようになりました。虐待は難しいもので多数あり、しかも家庭内でおさまって苦しんでいる子どもがいる。外に出たいのに家庭という監獄に閉じ込められ、まわりに知らせることができない。

当本人が気をつかって話せない環境、ニュースではほとんどみる虐待死の文字、死んでからでは遅すぎます。まわりが少しの変化に気づいて警察に相談してほしい。虐待は犯罪です。少しずつ 少しずつ虐待は減って欲しいと願っています。世間の皆さんにはひととの関わり方、繋がりを見直してほしいです。

小谷さん、これを抜粋して代弁してほしいです。1人でも多く聞いてもらい、1人でも多く共感、見直して貰えれば私は幸いです。長文となりましたがご精読、ありがとうございます。

(手紙は以上)

 

 

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著者

小谷 英次郎

小谷 英次郎

肩書 世界中を旅した元熱血高校教師
党派・会派 立憲民主党

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