2026/8/10
8/10(木)第47回 #大田平和のための戦争資料展 に参加。
現在の大田区域への大規模な空襲は1945年4月16日と5月24日にありました。その当時は、都内に軍指定の軍需工場・事業所が695(1944年時点)、その4分の1、172が蒲田区、大森区に集中しており、空襲の目標になりました。
写真で見る沖縄戦遺構のコーナーでは、写真家の杉山英一さんの作品とともに第二次世界大戦中の歩兵の装備を装着して、その重さを実感することができます。
また満蒙開拓団のおじいちゃんの話を絵本にまとめた読み聞かせも、大田区から多くの方が満州にわたり、命からがら満州から内地に帰ってきた話なども聞きました。
日本は戦争の被害者であり加害者の面もあります。
戦後81年、大田区平和都市宣言から42年。戦争の悲惨さを語り継ぎ、平和憲法を守る行動を皆さんと一緒に広めていきたいです。
今の日本や世界情勢に危機感を持っている方から、「立憲民主党頑張ってよ」「応援してるよ」と多くお声がけを頂きました。
日本の戦後を100年、200年と伸ばしていくために、ひらの春望も立憲民主党も頑張ります!お声がけ頂いた皆様、ありがとうございました。
8/11(火祝)9:30-18:00
8/12(水)9:30-16:30
会場:大田区民プラザ(多摩川線下丸子駅すぐ前)
入場無料ですので、お子様の夏休みの自由研究にもぜひ足をお運びください。

下丸子の大田区民プラザ

ビラ表面

ビラの裏面。展示内容

実行委員会からのメッセージ

折り鶴で作ってある平和。すごい!

大田区の空襲の後。

大田区の疎開先。蒲田小学校は富山に行った模様

疎開先

大田区の軍需工場

風船爆弾、大田区の蒲田で作られていました。

子どもたちはこの銃剣の模型で練習をしてたそうです。

満蒙開拓団の紙芝居。良かったです。

世界に今でも2万発の核弾頭があります。非核三原則を堅持し、核のない世界を日本から発信すべきです。

これを見て核兵器を持つ選択肢があるでしょうか。勇気を持って核廃絶の道を進むべきです。

峠三吉の詩。ちちをかえせ ははをかえせ にんげんをかえせ へいわをかえせ 心を打ちます。


全部で重さが二十数キロあります。

後ろに背負っているのは、自爆の爆弾です。沖縄戦ではこれを背負って戦車の下に入って自爆していたそうです。

ものすごい重かったです。

辺野古の問題点がまとめてあります。

辺野古の設計変更の問題点がまとめてあります。

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ヒラノ ハルモチ/46歳/男
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