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種田 昌克 ブログ

大垣城のみらい

2026/5/22

大垣城は、大垣市民にとって単なる観光施設ではありません。
関ケ原合戦では、西軍・石田三成の本拠地となり、昭和11年には国宝にも指定された歴史ある城です。しかし、昭和20年の戦災により焼失し、現在の天守は昭和34年、つまり1959年に鉄筋コンクリート造で再建されたものです。大垣市の公式サイトでも、大垣城は「城下町大垣のシンボル」と位置づけられています。
私たち大垣市民にとって、大垣城は「昔からそこにあるもの」です。大垣公園を歩けば自然に目に入り、桜の季節には多くの人が写真を撮り、子どものころに遠足や家族で訪れた記憶がある方も多いのではないでしょうか。
しかし、ここで一度立ち止まって考える必要があります。
現在の大垣城天守は、再建からすでに60年以上が経過しています。鉄筋コンクリート造の再建天守は、全国的にも老朽化、耐震性、設備更新、バリアフリー、歴史的価値の扱いといった課題に直面し始めています。
実際に、広島城天守はコンクリートの劣化や設備の老朽化などを理由に、令和8年3月22日に閉城しました。広島市は、現時点では解体を予定していないとしつつ、今後の方針は調査や検討を踏まえて決めていくとしています。
これは決して、広島だけの問題ではありません。大垣城もまた、いつかは必ず「この天守をどうするのか」という判断を迫られる時期が来ます。
では、大垣城の将来にはどのような選択肢があるのでしょうか。
大きく分ければ、三つの方向性が考えられます。
一つ目は、現在の天守を耐震補強し、長寿命化を図る方法です。今ある天守を活かし、展示や設備を改善しながら使い続ける考え方です。費用を比較的抑えやすく、戦後復興期に再建された「昭和の大垣城」を残すことができます。一方で、これはあくまで延命策であり、将来また大きな判断が必要になる可能性があります。
二つ目は、天守を解体し、天守のない城跡として整備する方法です。安全面を最優先し、維持管理リスクを減らすことができます。石垣や公園整備に力を入れるという考え方もあります。しかし、市民感情や観光、まちなみ景観への影響は非常に大きいでしょう。「大垣城がなくなる」という受け止め方をする方も少なくないと思います。
三つ目は、木造復元です。実測図や史料をもとに、戦災で失われたかつての姿に近い木造天守を復元する考え方です。歴史的・文化的価値を高め、観光や教育の資源にもなり得ます。ただし、費用、工期、石垣保全、バリアフリー、そして市民合意の形成など、乗り越えるべき課題は非常に大きいものがあります。
ここで大切なのは、どの案にも「正義」があり、同時にどの案にも「弱点」があるということです。
木造復元を望む方には、「戦災で失われた本来の大垣城を取り戻したい」という思いがあります。
耐震補強を望む方には、「今の天守も戦後復興期の市民の記憶であり、大切に使い続けたい」という思いがあります。
財政面を心配する方には、「福祉、教育、防災、インフラ更新など、他にも優先すべき課題がある」という当然の問題意識があります。
また、高齢者や障がいのある方が利用しにくい施設でよいのかというバリアフリーの視点も重要です。
さらに、大垣城だけを見るのではなく、大垣公園、水門川、奥の細道むすびの地記念館、駅前、商店街と一体でまちづくりを考えるべきだという意見もあるでしょう。
つまり、大垣城の将来をめぐる議論は、単に「木造か、鉄筋コンクリートか」「残すか、壊すか」という単純な話ではありません。
何を優先するのか。
何を大切に残すのか。
何をあきらめるのか。
誰に、どのように説明するのか。
まさに、地方自治そのものの課題です。
だからこそ、行政に求められるのは、いきなり結論を出すことではありません。
「耐震補強にします」
「木造復元を目指します」
「解体します」
そうした結論を先に置くのではなく、まず必要なのは、市民が同じ土俵で議論できる情報を整えることです。
現在の大垣城天守の耐震性はどうなのか。コンクリートの劣化状況はどうか。今後20年、50年でどの程度の維持管理費が必要になるのか。耐震補強、解体、木造復元、それぞれにどのくらいの費用と工期がかかるのか。バリアフリー上の課題は何か。石垣や地下遺構への影響はどうか。国や県の補助、寄付、クラウドファンディングなど財源の可能性はあるのか。
こうした情報がないまま議論を始めると、「夢」対「財政論」、「文化」対「福祉」といった単純な対立になってしまいます。
私は、大垣城の将来について、まずは「大垣城未来基本構想」のようなものをつくるべきではないかと考えています。
現在の天守をいつまで、どのような形で使うのか。耐震補強をする場合、それは20年程度の延命策なのか、それとも長期活用を目指すものなのか。木造復元を将来目標とする場合、すぐに着手するのではなく、史資料調査、財源、バリアフリー、石垣保全、市民合意の条件をどう整えるのか。
そして何より、大垣城を単体で考えるのではなく、大垣公園、水門川、商店街、奥の細道むすびの地記念館などと結びつけ、大垣の中心市街地全体の将来像の中に位置づけることが必要だと思います。
大垣城の未来は、行政だけで決めるものではありません。声の大きな意見だけで決めるものでもありません。
必要なのは、情報を共有し、対立を見える化し、時間をかけて「納得できる不完全な合意」をつくっていくことです。
完璧な答えは、すぐには出ないかもしれません。
しかし、最初から結論を急ぐのではなく、市民とともに考えるプロセスそのものに意味があります。
大垣城は、過去の遺産であると同時に、未来の市民に引き継ぐ公共財です。
大垣城の未来を考えることは、実は、大垣市の未来の決め方を考えることでもあります。
だからこそ、私はこのテーマを、これからの市政における大切な論点として、しっかり問い続けていきたいと思います。

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著者

種田 昌克

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