2026/5/22
先日、興文小学校で救命講習の講師をさせていただきました。
興文小学校といえば、創立186年を迎える、大垣市で一番古い小学校です。長い歴史を持つ学校の体育館で、児童のみなさんと一緒に命を守るための学びの時間を持てたことは、私にとっても大変ありがたく、感慨深い機会となりました。
私は現在、応急手当普及員の資格を活かし、市内のさまざまな場所で救命講習の講師をさせていただいています。
なぜ私がこの活動を続けているのか。
その原点は、中学3年生のときの体験にあります。
ある日、授業中に同級生が突然、泡を吹いて倒れました。教室にいた私たちは、あまりの出来事に驚き、ただ固まってしまいました。何をしてよいのか分からず、声を出すことも、動くこともできませんでした。
そのとき、担任の男性の先生がすぐに駆け寄り、人工呼吸と胸骨圧迫を行いました。その迅速な対応によって、同級生は一命をとりとめました。
私はその光景を見て、強い衝撃を受けました。
「人の命を救うために、知識と勇気があれば、こんなにも大きなことができるのか」
そう感じたことを、今でもはっきり覚えています。
その後、私は約20年前に名古屋市で応急手当普及員の資格を取得しました。そして3年ほど前には、大垣市でも改めて資格を取得し、現在の活動につながっています。
資格を取ったことで、実際に行動できた経験もあります。
今から15年ほど前、名古屋駅のホームでのことです。「第八高等学校」と書かれた法被を着たおじいさんが、突然倒れられました。周囲にいた人たちは驚き、どうしてよいか分からない様子でした。
そのとき私は、すぐに駆け寄り、気道を確保し、大きな声で駅員さんを呼びました。幸い、すぐに駅員さんが来られて対応されたため、胸骨圧迫やAEDの使用までは至りませんでした。
それでも私は、中学3年生のときに何もできず固まってしまった自分とは違い、今回は一歩動くことができた。声を出すことができた。そのことに、大きな意味を感じました。
今回の救命講習では、児童のみなさんに、そうした自分自身の体験も交えながら話をしました。
救命講習というと、胸骨圧迫の方法やAEDの使い方を学ぶ技術的な時間と思われがちです。もちろん、それはとても大切です。しかし、私が一番伝えたいのは、「いざというときに、固まらずに一歩動くことの大切さ」です。
倒れた人を見たとき、誰でも驚きます。怖いと思います。自分にできるだろうかと不安になります。
でも、119番通報をする。大人を呼ぶ。AEDを探す。周りの人に助けを求める。胸骨圧迫を始める。
できることは必ずあります。
児童のみなさんは、本当に熱心に参加してくれました。人形を使った胸骨圧迫の練習にも真剣に取り組み、こちらの話にもよく耳を傾けてくれました。その姿を見ながら、私は「この子たちの中で、今日の経験がいつか誰かの命を救う力になるかもしれない」と感じました。
命を救う力は、特別な人だけが持つものではありません。
消防職員や医師、看護師だけのものでもありません。
その場に居合わせた一人ひとりの勇気と行動が、命をつなぐことがあります。
中学3年生のとき、何もできなかった私が、今は救命講習を伝える側に立っています。
だからこそ、子どもたちには伝えたいのです。
「完璧でなくてもいい。まず一歩動くことが大切だ」と。
興文小学校の児童のみなさんの真剣なまなざしに、私自身も改めて救命講習の大切さを教えていただいた一日でした。
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