2025/10/20
雨の沖縄で深く考える「命どぅ宝」〜佐喜眞美術館とバス・ゆいレールの旅路〜
今日はあいにくの雨模様でしたが、その静けさが、かえって心に深く響く一日となりました。宜野湾市にある佐喜眞美術館へ、バスを乗り継いで行ってまいりました。目的地は、丸木位里・俊(まるきいり・とし)夫妻の描いた「沖縄戦の図」を鑑賞することです。
埼玉県の丸木美術館(原爆の図丸木美術館)がリニューアルで閉館する前に「原爆の図」を観ることができた経験もあり、地上戦の悲劇を描いたこの連作を、戦後80年という節目の年に、激戦地・沖縄で観ることは、私にとって特別な意味がありました。
美術館の隣は普天間基地。その日常の風景と、館内に展示された丸木夫妻の「沖縄戦の図」が描く、壮絶な地上戦の記憶、人々の苦悩と鎮魂の祈り。このコントラストは、沖縄の抱える「平和」の重みを痛感させます。
「沖縄戦の図」は、沖縄戦を体験した方々の証言に基づき、命の尊厳を突きつけるように描かれています。佐喜真美術館の佐喜眞道夫館長は、丸木夫妻の「この絵を沖縄の、激戦の現場に置きたい」という願いを受け、美術館を米軍基地に隣接する場所にご自身の土地で建設されました。それは、絵の中に込められた「命どぅ宝(ぬちどぅたから=命こそ宝)」というメッセージを、この地で未来に伝え続けるという、強い決意の表れに他なりません。
作品は、単なる戦争の記録ではなく、生と死、人間の尊厳への深い問いかけです。私たち一人ひとりが「平和」を他人事とせず、次世代へつなぐ責任を改めて感じました。
◆沖縄の旅路と公共交通の魅力
さて、ここからは今回の移動手段について少し触れたいと思います。
往路は、街と基地の境を走り、雨の中、宜野湾市の佐喜真美術館へはバスで向かいました。沖縄本島の路線バスは、観光客にとってはやや難易度が高いかもしれませんが、地元の生活の息遣いを感じられる貴重な体験です。
那覇バスターミナル(ゆいレール旭橋駅に隣接)からは、宜野湾市方面へ向かうバスが複数出ています。今回は、那覇市街地から一歩踏み出し、バスの車窓から沖縄のローカルな風景、そして広大な米軍基地の金網フェンスが延々と続く光景を目に焼き付けました。
目的地周辺の「普天間」や「真栄原」といったバス停に近づくと、基地の街特有の景色が広がります。日常の喧騒の中に、巨大な軍事施設が隣接しているという沖縄の現実。バスの座席から見上げる雨の空と、その先に広がる基地の存在は、目的地で観る「沖縄戦の図」へと思いを繋ぐ、静かなプロローグとなりました。
復路は、沖縄都市モノレール「ゆいレール」に乗りました。
ゆいレールは、那覇空港から浦添市を繋ぐ、沖縄唯一の鉄軌道系公共交通機関です。地上高く高架を走るため、雨でも遮られることのない広々とした景色が楽しめます。バスが走った街の細部にまで入り込むような感覚とは対照的に、ゆいレールは俯瞰した視点を与えてくれます。
モノレールの走行音を聞きながら、雨に洗われた街の光を眺めていると、戦後の苦難を乗り越えて発展してきた沖縄の力強さを感じました。ゆいレールが運ぶのは、単なる乗客だけではありません。それは、戦後復興と、平和への願いを乗せた希望のラインでもあります。
地上戦の悲劇から、復興、そして現代の課題へと連なる沖縄の歴史と風景を、バスとゆいレールという対照的な交通手段で体験できたことは、今回の旅の大きな収穫です。
◆命の尊厳を未来へ
丸木夫妻の絵が伝えるのは、戦争の残酷さだけではありません。そこに描かれた人々の瞳、子どもの姿には、どんな状況下でも「生きる」ことを諦めなかった人々の強さ、そして未来への希望が託されています。
「沖縄戦の図」を前に、戦後80年を迎える今、私たちがなすべきことは明確です。それは、尊い犠牲の上に築かれたこの平和を、決して揺るがせにしないという決意です。
移動を支える公共交通機関が、私たちの日常と、歴史の記憶の場所とを繋いでくれるように、私たちもまた、過去の教訓と未来の平和を繋ぐ架け橋となるべきです。
命どぅ宝。この沖縄の言葉を胸に、松戸の地に戻り、平和と命の大切さを市政の場でも訴え続けてまいります。
◆佐喜眞美術館
https://sakima.jp/
【関連ブログ】
「原爆の図」が問いかける平和/丸木美術館
(2025/9/17)
https://go2senkyo.com/seijika/168209/posts/1191265





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