2026/7/11
今日は、政策の話でも、AIの話でもありません。
450年前の、たった三文字の言葉の話です。
でも、読み終わる頃には、きっとこう思っていただけるはずです。
「これは、今の政治の話だ」と。
そして、「これは、私自身の話だ」と。
雪国の山門に掲げられた三文字
新潟県上越市。春日山城の麓に、林泉寺という曹洞宗の古刹があります。
明応6年(1497年)、上杉謙信の祖父・長尾能景が建立したお寺です。
その山門を見上げると、力強い筆致で書かれた三文字の扁額が掲げられています。
「第一義」
これは、戦国最強とも謳われた武将・上杉謙信の自筆と伝わるものです(現在山門に掲げられているのは複製で、実物は境内の宝物館に大切に保管されています)。
謙信は7歳から14歳まで、この林泉寺で名僧・天室光育のもと、厳しい禅の修行に明け暮れました。
戦国武将の中でも際立って教養が高く、信仰心が厚かった謙信の人格は、この少年時代に形づくられたと言われています。
その謙信が、生涯の座右の銘として掲げ続けたのが「第一義」でした。
「第一義」の扁額は、縦約130センチ、横約252センチという堂々たる大きさで、「春日山」と書かれた表額と対になっています。かつて林泉寺の山門に実際に掲げられていたもので、上越市の文化財として今も大切に守られています。
戦の前には必ず春日山城の毘沙門堂に籠り、祈りを捧げてから出陣したという謙信。生涯のほとんどを戦場で過ごしながら、その根っこには、少年時代に寺で刻み込まれた「祈り」と「問い」があったのです。
「第一義」とは何か——達磨大師の問答
この言葉の由来は、禅の世界にあります。
中国・梁の武帝が、禅の開祖・達磨大師に問いました。
「仏教の根本の真理(聖諦第一義)とは何か」
達磨大師の答えは、実にそっけないものでした。
「廓然無聖(かくねんむしょう)」——からりと晴れわたって、聖なるものなど何もない。
つまり「第一義」とは、損得や見返り、名誉や評価といった一切の計算を超えた、人として最も大切な根本の道理のこと。
見返りを求めず、成すべきことを成す。
それが「第一義」に生きるということです。
謙信は少年時代からこの禅の問いと向き合い続け、晩年には「不識庵謙信」と号したと伝わります。「不識」もまた、達磨大師の問答に由来する言葉です。
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