2026/4/25
東京都民時代はいつも参拝していた靖国神社。またこのお社をめぐっての争いです。

4月下旬の靖国神社春季例大祭で、超党派の議員126人が集団参拝を行いました。自民党を中心に、維新の会、国民民主党、参政党などから多くの議員が参加し、昇殿参拝や玉串奉奠を実施。高市首相は代理で玉串料を奉納するなど、近年ではかなりの規模となったこの動きに、ネット上は再び激しい賛否の嵐となっています。
このニュースは、例年通り「靖国問題」の定番パターンを繰り返しています。
「国のために命を落とした英霊に感謝するのは当たり前」「議員が堂々と参拝するのは健全な姿」「写真撮影を問題視するのは的外れ。神社側も一般参拝者は撮影可としている」
「政治パフォーマンスに過ぎない」「集団でやる必要があるのか」「中国・韓国との関係を悪化させるだけ」「神聖な場でSNS投稿は不謹慎」
「個人の参拝は自由だが、集団での政治的メッセージ性は薄れている」「本質は天皇陛下の親拝や首相公式参拝の是非にあるのではないか」
毎回同じ構図で罵り合いが続く光景は、正直疲れます。どちらの側も「感情先行」で、建設的な議論がほとんど見られないのが現実です。
靖国神社は日本国内では純粋に戦没者追悼の象徴です。一方で、国際的にはA級戦犯が合祀されていることが中国・韓国から強い反発を招いています。この「国内の心情」と「外交的コスト」のギャップが、すべての火種の根源です。
欧米諸国では自国兵士の墓地や記念碑への参拝はごく普通に行われています。日本だけが「タブー視」される状況は、冷静に考えれば不自然です。しかし、現実として近隣国が歴史認識を外交カードに使う以上、無視できないのも事実。そこに「政治利用か、純粋な追悼か」という国内政治の思惑が絡むと、話はさらに複雑になります。

126人という人数は、決して小さくありません。最近の「保守回帰」や中国脅威論の高まりを反映した動きと言えるでしょう。一方で、左派メディアが敏感に反応し、野党の一部が批判を強める——という構図もまた、いつもの日本政治の縮図です。
私はこう思います。
日本人が自国の戦没者を敬う行為自体を、いつまでも「問題視」し続けるのは健全ではありません。
ただし、それを「外交的コスト」を無視して強行するのも、政治家としての責任とは言えません。
本当の解決策は、
この3つしかないように思います。
そして、ひろゆき氏が神谷宗幣参政党代表に対して、疑義をかけていた靖国神社参拝での撮影問題。こちらは決着したそうです。
なお、例大祭の期間中は、自民党の高鳥修一衆院議員(65)、同党の若林健太衆院議員(62)などをはじめ、神谷氏以外の議員も同じ場所で撮影した写真をXに公開している。そんななか、靖国神社が4月24日にHPを更新したのだが、これによると、神谷氏などの撮影行為は“セーフ”だという。

これについては靖国神社を参拝させないための、かなり「いいがかり」的な要素が高かったように感じます。
この問題は、日本がどう在りたいかを問う、根源的なテーマです。感情的になる前に、一度立ち止まって考えてみる価値はあるのではないでしょうか。

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