2026/4/22
福島県のトップバンクである東邦銀行が、市民団体から強い批判を浴びています。
発端は2025年9月末に運転を開始した「福島先達山太陽光発電所」。福島市の象徴的な景観である吾妻小富士の麓に位置し、当初から景観破壊や土砂災害リスクへの懸念が指摘されてきました。

なにを隠そう、私はこの工事の手先の一人でした。工事中に実際には現場には行っていませんがこれを請け負う会社の一つの側におりました。この工事もそうですが全体的にメガソーラーを建設することについて私は大反対であるというのも理由の一つで、そこを辞めたわけです。
そして福島市のみならず郡山市でも同様の工事がありました。よって私は郡山市長選挙に立候補してこのことを訴えました。また私を支援した方も、銀行の立場からメガソーラーに疑問をもって銀行を退職した方もおりました。
選挙結果は無残でしたが、金のためではなく、信義のため、環境のため、立ち上がった選挙だったと言えましょう。

東邦銀行はこの事業に対し約20億円の融資を実行。頭取は「許認可や災害対策を確認した上で適切」と説明していますが、市民側は納得していません。ついには株主として経営に直接意見をぶつける動きまで出ています。
問われているのはシンプルです。
地域金融機関は誰のために存在するのか。
この問題は一企業の判断にとどまりません。2012年に始まった固定価格買取制度(FIT)が生み出した構造的な歪み、その縮図なのです。

太陽光発電は「クリーン」と語られます。しかし現実はどうか。
特に山林を切り開くメガソーラーは、明確に環境負荷を伴います。
福島先達山のような象徴的な場所では、単なる自然破壊ではありません。
それは地域の誇りや文化の破壊でもあります。
全国でも同様の問題は頻発しています。静岡・熱海、熊本・阿蘇、千葉・鴨川など、各地で住民との対立が激化しています。
本来、森林は防災インフラであり環境資源です。
それを削って「環境のため」と言うのは、論理が逆転しています。

昨年の秋には、福島市長選挙で髙橋翔候補の応援でメガソーラー問題は徹底的に訴えました。
もう一つ見逃せないのが、経済構造です。
日本の太陽光パネルの約95%は海外製。その大半が中国製です。
中国は国家主導の補助金と大量生産で市場を席巻し、かつて世界をリードしていた日本メーカーは次々と撤退しました。
結果どうなったか。
つまり、「再エネ推進」は
国内経済の強化ではなく、国外への資金流出装置になった側面があります。
これは経済安全保障の観点でも無視できません。
エネルギーの根幹を外国サプライチェーンに依存することは、極めて脆弱です。
そして最大の問題が国民負担です。
FIT制度による「再エネ賦課金」は、電気料金に上乗せされています。
制度開始時と比べると約19倍。
しかも太陽光は天候依存で不安定なため、
といった追加負担も発生します。
つまり現実はこうです。
「安定しない電源のために、安定電源を維持し続ける」二重投資。
電気は安くならず、むしろ上がる。
その負担は、所得の低い世帯ほど重くのしかかります。

これを始めたのは菅直人内閣時代です。
当時、私は民主党衆議院議員秘書でありましたが、菅直人系統の蚊帳の外にいました。しかし野田佳彦内閣でもそれは引き継がれており、ここで止めなかったことが最大の要因だと思っています。
今回の東邦銀行の融資問題は、単なる金融判断ではありません。
という、再エネ政策の本質的な矛盾を浮き彫りにしています。
特に福島は、原発事故という重い経験を背負った土地です。
その場所で再び「安全性や生活環境が軽視される開発」が行われれば、反発が強まるのは当然です。
再生可能エネルギーそのものを否定する必要はありません。
問題は「進め方」です。
今後必要なのは、
といった、地に足のついた政策です。
「どんどん作れば良い」という発想は、もはや通用しません。
断言できます。
今、日本で進められているメガソーラーは、理想とはかけ離れた現実の上に成り立っています。
私はメガソーラーの在り方そのものに反対だったから行動を起こしたのです。
これらを理解した上で関わり続けることは、自分の信義に反すると判断しました。
だから私は会社を離れました。娘の自殺に起因することが会社の総務部にもありましたが、政策的な問題としてはこのことが大きくあります。
その問題意識を社会に問うため、私は郡山市長選挙に立候補しました。
また、私を支援してくださった方の中には、銀行という立場から同様の疑問を抱き、職を辞した方もいます。
つまりこれは、個人の思いつきではありません。
工事現場や金融の内側にいた人間が共通して感じた違和感なのです。
選挙結果は、正直に言えば無残なものでした。

しかし、あの選挙は金のためでも、地位のためでもありません。
その一点で立ち上がったものでした。
結果だけを見れば敗北かもしれません。
しかし、問題提起としての価値は消えていません。

外から見れば「再エネは正しい」に見えるかもしれません。
しかし、内側を知る者として言います。
今のやり方は持続可能ではありません。
福島県で起きていることは、全国で起きていることです。
このまま進めば、環境も、経済も、地域も、
すべてが中途半端に壊れていく。
だからこそ今、立ち止まって考える必要があります。
本当に守るべきものは何なのか。
誰のためのエネルギー政策なのか。
その問いから逃げてはいけません。
福島先達山の問題は、再エネ政策全体を見直すべきサインです。
環境のためと言いながら環境を壊し、
国のためと言いながら国富を流出させ、
未来のためと言いながら国民負担を増やす。
その矛盾に、私たちはもう気づいているはずです。
今こそ、太陽光発電の「光」と「影」を冷静に見極め、
本当に持続可能なエネルギー政策へ転換すべき時ではないでしょうか。
(本記事は公開情報および各種報道を基にした論評です。個別案件については地域事情を踏まえた慎重な判断が必要です。)
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