2026/3/8
こんにちは。大坂佳巨です。
政治の話をすると、よくこんな声を聞きます。
「政治ってダサいよね」
「政治家って古くさい」
「なんだか面白くない」
しかし、本来政治とは社会の未来を決める重要な営みです。
なぜそれが「ダサい」と感じられてしまうのでしょうか。そして、政治をカッコよくする方法はあるのでしょうか。今回はその構造を考えてみたいと思います。
政治家の仕事は権力を維持し、社会を安定させることです。
そのため政治の世界では
という行動が増えます。
クリエイターの世界は「挑戦」が価値になりますが、政治の世界では「失敗しないこと」が評価されます。
この違いが、政治を古くさく見せてしまうのです。
政治家の言葉は、実は多くの利害関係者の間を調整する言葉です。
例えば
などです。
その結果、政治の言葉は次のようになります。
「検討する」
「丁寧に説明する」
「総合的に判断する」
つまり、誰の本音でもない言葉になってしまうのです。
これが「空っぽ」「ダサい」と感じられる原因でもあります。
日本社会には昔から
というイメージがあります。
江戸時代、政治は武士の仕事であり、庶民は政治に関わらないという文化がありました。
その名残で、今でも政治を「遠い世界」と感じる人が多いのです。
ニュースで政治が報じられるとき、多くは
などです。
政治とは本筋ではないどうでもいい記事が人気になります。

本来の政治は
など、社会を作る知的な作業なのですが、そこはほとんど報道されません。
結果として、政治は「問題ばかりの世界」に見えてしまいます。
現代社会では
若者文化
政治
というように文化の速度が全く違います。
SNSでは一日でトレンドが変わりますが、政策は10年単位で動きます。
このスピードの差も、政治を古く見せる理由です。
では政治をカッコよくする方法はあるのでしょうか。
私は大きく5つあると思います。
政治が魅力的だった時代には必ず「国家の未来像」がありました。
例えば
彼らは制度の話ではなく、「どんな国を作るか」という物語を語りました。
人は制度ではなく、未来の物語に動かされます。
多くの人にとって政治は「4年に1回投票するだけ」です。
しかし世界には、市民が政治に直接関わる仕組みがあります。
例えばブラジルのポルトアレグレでは、市民が直接予算を決める「参加型予算」が行われました。
市民がプレイヤーになると、政治は急に面白くなります。
政治は本来、言葉の力で人を動かす仕事でもあります。
例えばウィンストン・チャーチルの演説は歴史に残っています。
しかし現在は官僚が作った原稿を読むだけの政治家も多く、言葉の力が弱くなっています。
政治には本来、思想や哲学が必要なのです。
政治は成果が見えにくい仕事です。
道路整備や教育改革は10年単位でしか結果が出ません。
しかし
など小さなプロジェクトを可視化すれば、政治は身近になります。
政治が活気づく時代には必ず「物語」があります。
例えば
これらは単なる制度改革ではなく、「社会を変える物語」でした。
政治には本来、ドラマがあるのです。
実は地方政治は、このような挑戦を一番やりやすい場所です。
例えば世界ではヴェルグルという小さな町が、地域通貨を使って経済を立て直したことがあります。
大きな国家よりも、地域のほうが大胆な実験ができるのです。
政治がダサく見えるのは、政治そのものがつまらないからではありません。
政治が本来持っている
が失われているからです。
もし政治が再び社会の未来を語り、市民が参加できるものになれば、政治は決してダサいものではなくなります。
むしろ政治こそが、社会を変える最もダイナミックな営みになるのではないでしょうか。
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