2025/7/8
数々の現場に身を置いてきた私は、時に「何のために働いているのか」と自問する日がありました。
スケジュールに追われ、言葉に疲れ、人間関係に息を詰める——そんな日々の中で、ふと「沈黙」と「静寂」に惹かれたのです。
そしてたどり着いたのが、静岡県浜松市の佐鳴湖畔にある【龍雲寺禅堂(りょううんじ ぜんどう)】でした。
ここは、禅・坐禅・リトリート・一日一食の断食・ワーケーションといった、いわば「心身の再起動」ができる宿坊型施設。都会では得られない「整う」体験が待っていました。
※リンク 公式サイト
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●断食道場としてのやさしさと深さ
「断食」という言葉に、厳しさや禁欲的なイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、龍雲寺禅堂での一日一食 断食は、まるで静かな会話のように、体に寄り添ってくれます。
PR TIMESより。
提供されるのは、精進料理の中でも特に工夫を凝らした一汁一菜。天皇陛下の料理番を務めた料理人によるもので、滋味深い味わいが内臓にそっと染み渡ります。「断つ」というより、「委ねる」。そんな断食です。
現代は、情報も食事も、過剰な刺激に満ちています。空腹を感じる時間は、身体の内側の声を聴く時間でもある。これは、政治にも人生にも通じる「原点回帰」の時間です。
●坐禅、作務──整えることの意味
朝と夕方、鐘の音とともに始まる坐禅。佐鳴湖からの風が襖の隙間を抜け、心の余白に染み渡ります。
特別な道具も派手な装束もいりません。背筋を伸ばし、呼吸を感じ、ただ「今ここ」に在るだけ。日常では味わえない集中と静けさが、自然と整っていきます。
写経や線引き、作務(掃除や雑務)といった時間も、思考の断捨離として機能します。これは、情報過多の時代において、もっとも贅沢なデトックスかもしれません。
●ワーケーションにも最適な「静」の空間
この施設がユニークなのは、「働く場」としても機能していること。高速Wi-Fiの整った個室があり、朝に坐禅、昼に集中、夜に湖を眺める——そんな贅沢なワーケーションが可能です。
私も原稿執筆や政策立案の構想をここで行いましたが、「静寂」は思考を深めてくれる最高のパートナーです。リトリート=「逃げる」場所ではなく、「戻る」場所なのだと実感しました。
●宿坊としての開かれた空気
「お寺に泊まる」というと、格式や厳しさを想像される方もいるでしょう。しかし、龍雲寺禅堂には温かく開かれた空気があります。
宿坊の14室はすべて個室。香るハーブティー、静かな読書空間、誰とも話さず過ごせる自由。孤独を恐れず、自分自身と向き合えるひとり旅の環境がここにはあります。
※リンク 施設情報・ご予約はこちら
●誰のためでもなく自分の「核」に還る時間
断食道場として、リトリートの場として、ワーケーションの拠点として、あるいは宿坊という旅の形として——龍雲寺禅堂は、現代人に必要な「戻る場所」を静かに提示しています。
政治でもビジネスでも、家庭でも社会でも、人は常に「誰かの期待」に応えようとして生きています。けれど、自分の中の「核」が曇っていれば、どこかでバランスを崩してしまう。
その核を静かに磨き直す場所、それが龍雲寺禅堂です。
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大きな声ではなく、小さな沈黙が人生を動かす──もし、あなたがそんな「整える旅」を求めているなら、一度、佐鳴湖の風に身を委ねてみてください。
# 禅リトリート
# 心を整える旅
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