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原口一博議員 襲われたわけではない●思い出の石井紘基自由連合代表

2025/6/18


 

 

7本骨折の原口博一議員、事件性を疑う“意味深な言葉選び”に ...



 

 

 

 この投稿にネット上では

 

《自宅に誰かが侵入したとかもある?》

《襲われたの?》

 

 といった事件性を疑う声や、

 

《早い回復を願います》

《どうかお大事にしてください》

 

 などの心配の声のほか、

 

《ベッドから投げ出されていました。って、普通ならベッドから落ちました。でしょ。》

《襲われたと思われる内容》

《ベッドから落ちて骨折したってことで合ってる?陰謀論っぽく書くから…》

 

原口一博議員(立憲民主党)は、2025年6月15日夜に佐賀市内の自宅で転倒し、肋骨7本を骨折するなどの重傷を負い、入院したと報じられています。

その前にこのニュース、「博一」となっていて間違っています。

 

本人はX(旧Twitter)で「暴行も受けていません」「ここまでボコボコにされることはありません」と述べ、襲撃されたという憶測を否定しています。

 

負傷はベッドから落ちたことによるもので、「強い衝撃で投げ出された」と説明していますが、詳細な状況については「何が起きたかわかりません」とも発言しており、一部で疑問や憶測が広がっています。ただし、本人が襲撃を明確に否定しているため、現時点では襲われた事実はないと考えられます。

 

【なぜ暴行を疑われるか】

原口議員は国会やSNS、YouTubeなどで財務省の「特別会計」や「外為特会(外国為替資金特別会計)」など、巨額の予算や不透明な運用について鋭く追及してきました。特に、2025年2月頃のX投稿で「特別会計に触れると命の危険がある」「犯罪国家に生きている」と発言し、財務省の闇を暴く姿勢を見せています。

 

これが一部の支持者やネット上で「体制側からの報復」として解釈され、襲撃疑惑につながった可能性があります。財務省批判の直後に重傷を負ったタイミングが、陰謀論や襲撃説を助長したのでしょう。

 

原口議員は新型コロナのレプリコンワクチン(Meiji Seika ファルマの「コスタイベ」)を「生物兵器まがい」と批判し、製薬会社から名誉毀損で提訴されています。この発言も体制や大企業への挑戦とみなされ、ネット上の一部で「体制側からの攻撃」の文脈で語られています。

 


 

【刺殺された石井こうき議員】

故・石井紘基(いしい こうき)衆議院議員は、「特別会計」や「外為特会(外国為替資金特別会計)」の問題について積極的に追及したことで知られています。

 

原口一博議員も、近年、特別会計や外為特会の問題に言及しており、2024年2月のX投稿や国会質問で「外為特会の約170兆円の資産のうち、為替介入に使われるのは20兆円程度で、残りの使途が不明確」と追及しています。この点で、石井議員の追及を引き継ぐ形で活動していると見られています。原口議員自身、石井議員の名前を挙げ、「彼の遺志を継ぐ」と発言しており、特別会計の不透明さを暴く姿勢を共有しています。

 

【原口氏は石井こうき後継を自称】

石井紘基議員は、特別会計や外為特会の不透明な運用に光を当て、その改革を強く訴えた先駆者です。彼の追及は、国の財政の「闇」を暴く試みとして、現在も原口一博議員らによって引き継がれています。しかし、石井議員の暗殺事件を巡る疑惑が、特別会計の問題にさらなる注目を集め、ネット上で陰謀論として語られる要因となっています。現時点で暗殺の動機は公式には金銭トラブルとされていますが、真相は不明のままです。原口議員の追及は石井議員の遺志を反映したものですが、両者の事件を直接結びつける証拠はなく、憶測の域を出ません。

 

●社民連から日本新党

石井紘基氏は江田五月氏が代表を務めている社民連の事務局長でしたが、1993年の第40回衆議院議員総選挙で日本新党から立候補し、初当選(トップ当選)しました。この時期は、細川護熙が率いる日本新党が政権交代ブームの中で注目を集めていました。

 

1994年、羽田孜連立内閣で総務政務次官に就任し、特殊法人(住宅・都市整備公団)の不正追及などを行いました。

 

●日本新党から自由連合

日本新党内で細川護熙と袂を分かち、新進党の結党(1994年12月)には参加せず、代わりに徳田虎雄、栗本慎一郎らが中心となって結成した自由連合に参加しました


 

自由連合は、保守系や改革派の議員が集まった政治団体で、石井氏は1994年12月の発足時に記者会見に佐藤静雄・柿沢弘治・徳田虎雄衆議院議員らと参加しました。

 


 

 

自由連合は一時期自由民主党と統一会派を組み、大内啓伍総裁、柿沢弘治代表、栗本慎一郎代表幹事、佐藤静雄代議士らが自民党に移籍した後、石井が一時的に自由連合の代表を務めました。

 

●新党さきがけから民主党

石井氏は自由連合の後、新党さきがけに移籍しました。新党さきがけは、1993年に武村正義らが結成した改革派の政党で、細川政権や自社さ連立政権で一定の影響力を持っていました。

 

この時期、石井氏は「国民会計検査院-国会議員の会」を創設し、代表を務め、特別会計や財政の透明性を求める活動を続けました。また、1995年の阪神・淡路大震災やオウム真理教による地下鉄サリン事件を受けて、犯罪被害者救済や宗教法人法の規制強化を訴えました。

 

95年の参議院選挙で私は中村敦夫選挙事務所にいましたが、その事務所には「自由連合代表 石井こうき」との為書きがあったのを覚えています。

 

石井氏は新党さきがけでの活動後、1996年に結党された民主党に参加しました。敦夫さんはその頃、武村正義・田中秀征を除外した排除の論理である民主党を批判しており合流はしませんでした。

 

●特別会計の追及

民主党所属時には、特別会計や外国為替資金特別会計(外為特会)の不透明な運用、統一教会やオウム真理教などのカルト問題を積極的に追及していました。2000年の衆院選(東京6区・比例東京ブロック)で当選し、災害対策特別委員長も務めました。その選挙区である世田谷区に住んでいた中村敦夫氏と親しかったと記憶しています。統一教会の問題も志を同じくして共に戦っていました。

 

●右翼に刺殺された後

石井議員の暗殺(2002年10月25日)は、民主党所属時に起こり、特別会計や金融不正(整理回収機構やりそな銀行問題)の追及が背景にあるとの憶測がネット上で広がっています。特に、事件当日に持ち去られた資料や手帳の行方が不明である点が、陰謀論を助長しています。

 


 

 

原口一博議員は、石井議員の遺志を継ぐ形で特別会計や外為特会の追及を行っており、石井氏の活動に影響を受けた政治家の一人として知られています。原口の2025年6月の負傷事故が「襲撃」と疑われた背景には、石井の暗殺事件が引き合いに出され、ネット上で類似性が語られたことが影響しています。


 


 


 

2000年の総選挙では、自由連合では東京6区から斉藤りえ子を擁立し、元自由連合代表であり民主党公認だった石井氏に対して、三軒茶屋あたりを私が街宣車で走っているときにボロクソに言ったことをお許しください。その頃は29歳でした。

 

原口一博代議士は、どうぞお大事になさってください。

 

 

おおさか 佳巨 オオサカ ヨシキヨ/プロフィール

 

おおさか佳巨(よしきよ)後援会

 

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肩書 土木技術者・元国務大臣秘書
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