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岡本 のぶじ ブログ

兵庫・猪名川町【『微笑佛』第33号に寄稿/いながわ元気】

2026/4/21

4/21 木喰上人の微笑仏が、なぜ私たちの“地元”と深い縁を持つのか。
その不思議なつながりを改めて感じさせてくれる一冊が届きました。
全国木喰研究会より、機関誌『微笑佛』第33号をお送りいただきました。
A5判・130ページにわたる、読み応えある豪華版です。
今回、寄稿のご依頼をいただき、私の拙稿「木喰上人と和歌三神の不思議な縁」も掲載されています。テレビで落語「鼓ケ滝」を観たことがきっかけで書いた小文で、先日、桂文枝師匠との対談でも話題にさせていただきました。
少し長めではありますが、木喰上人と地元ゆかりの歴史に興味を持っていただければ幸いです。以下に拙稿を掲載いたします。
 
  *   *   *   *   *   
木喰上人と和歌三神の不思議な縁
                             岡本 信司
 
 NHK・Eテレ「日本の話芸」で、三遊亭竜楽師匠の落語「鼓ケ滝(つづみがたき)」を観た。物語は、旅の歌人――実は西行法師――が摂津国の名所「鼓ケ滝」を訪れ、一首の和歌を詠む場面から始まる。
 
  伝え聞く 鼓ケ滝に 来て見れば 沢辺に咲きし 白百合の花
 
ところが歌を詠んだ直後、歌人は急に眠気に襲われ、気づけば日が暮れていた。困り果てていると、老夫婦とその孫が現れ、三人はそれぞれに歌の添削を施す。そして歌は次のように改められる。
 
  音に聴く 鼓ケ滝を うち見れば 川辺に咲きし 白百合の花
 
実はこの三人こそ、夢の中に現れた「和歌三神」――玉津島明神、住吉明神、人麿明神であった。落語の元になった話は江戸時代後期のものだが、鼓ケ滝にまつわる伝承は室町時代にはすでに存在していたという。
 
木喰上人が猪名川を訪れたころ、鼓ケ滝は猪名川の下流にあった。私が心を動かされたのは、上人が猪名川で「和歌三神」(玉津嶋・人麿・赤人)を彫っているという事実である。もしかすると上人は、鼓ケ滝の伝承を知り、この地で和歌の神々を刻む意味を感じ取ったのではないか――そんな思いが胸に浮かんだ。
 
猪名川町には、木喰上人研究の大先輩である牧野正恭氏がいる。兵庫県立猪名川高校で長く教鞭をとり、調査成果を『九十才の微笑仏―猪名川木喰由来考―』にまとめている。
 
牧野氏によれば、上人は文化四年七月四日、松尾大権現などの彫像を最後に刻み終え、猪名川を去った。猪名川で最後に彫られた四体の神像のうち、人麿大明神は東京の日本民藝館へ、山辺赤人尊は明石の無量光寺へ、玉津嶋大明神は京都の河井寛次郎記念館へ渡り、松尾大権現だけが猪名川に残った。
さらに驚くべきことに、これら四体すべてに「日本二千タイノ内作」という署名がある。*つまり、木喰上人が「日本全国で二千体の仏像を彫る」という大きな誓いを立てたのは、猪名川に滞在していた文化四年七月四日だったと考えられるのである。
 
古くから「和歌三神」といえば、住吉大明神(大阪)、玉津嶋大明神(和歌浦)、人麿大明神(明石)が挙げられる。また、人麿・山辺赤人・玉津嶋を三神とする説もある。通常であれば住吉大明神を彫るところだが、上人は五か月前に丹波・清源寺で住吉大明神をすでに彫っていたため、代わりに山辺赤人尊を選んだと考えられる。
 
そしてもう一つ興味深い点がある。玉津嶋大明神は本来、和歌の女神として知られているにもかかわらず、木喰上人はあえて老翁の姿に刻んでいるのである。
牧野氏はその理由について触れていないが、私は次のように考えている。
木喰仏にはしばしば、「老いの中に宿る慈悲」や「人生を重ねた者だけが持つ深いまなざし」が表現される。ここでいう「老いの中に宿る慈悲」とは、長い人生の中で味わった喜びや苦しみを通して育まれた、静かで深い優しさのことだ。若さの勢いとは異なり、他者の痛みを自分のことのように感じ取る力が、年齢とともに自然と備わっていく。その柔らかなまなざしこそが、木喰仏の微笑みに宿っている。
 
上人にとって神仏の性別は絶対的なものではなく、むしろ“霊性のあり方”こそが、重要だったのだろう。玉津嶋大明神を老翁として刻むことで、上人は「和歌の神が持つ深い知恵」や「長い時を超えて人々を見守る存在感」を表そうとしたのではないか。
女神を老翁に変えるという大胆な造形は、上人が神の本質を「性別」ではなく「霊格」で捉えていた証でもある。猪名川の地で感じた物語の気配や、和歌三神の伝承が、上人の中でこのような形に結晶したのだと思えてならない。
 
落語「鼓ケ滝」に描かれた和歌三神の物語と、木喰上人が猪名川で刻んだ三神像。この二つが、時代を超えてどこかで響き合っているように思えてならない。上人が猪名川の地で感じた霊性や物語の気配――それらが、彫像の背後に静かに息づいているのではないか。そんな思いが、私の中でふと形になった。
 
*「二千ノ内」の初出は蔭凉寺(京都府南丹市)であるが、「二千ノ内」が確立するのは和歌三神像からであると考えられる。

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著者

岡本 のぶじ

岡本 のぶじ

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肩書 猪名川町 町長
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