2026/5/28

最近、本当にいろんな場所で聞きます。
「AIって危険じゃないですか?」
「そのうち人間が支配されるんじゃ?」
「フェイクとか怖いですよね」
確かに、怖さはあります。僕自身も、かなりAIを使っています。
調べもの。文章整理。アイデア出し。壁打ち。正直、昔なら何時間もかかっていたことが、一瞬で出てくる。
便利です。便利すぎる。
だからこそ、最近ちょっと怖いなと思う瞬間があるんです。
ある日も、何気なくAIに質問していました。介護の制度のこと。法律のこと。地方の課題のこと。
すると、それっぽい答えが、すごく綺麗に返ってくる。文章も自然。説明も上手い。
「うわ、すご…」
最初はそう思うんです。でも、途中でふと止まったんですよね。
「あれ…これ本当に合ってる?」
なんとなく違和感があった。その違和感が、結果的に大事でした。調べ直してみると、微妙に違う、少し古い、解釈がズレてる。そんなことが、普通にある。
しかも怖いのは、“自信満々に間違う”ことがあるんです。
これ、人間側が慣れてくると危ない。
AIに何でも聞くこと自体は、僕は悪いと思っていません。むしろ、地方にいると、情報格差を埋める大きな武器になる。
東京じゃなくても、専門家じゃなくても、入口に立てる。これは本当に大きい。
でも、「出てきた情報を全部信じる」これは危険です。めちゃくちゃ危険。
例えば、昔のネット検索ってちょっと面倒だったんですよ。色んなサイトを開いて、比較して、「どれが正しいんだろう」
って考える時間があった。
でもAIは、答えっぽいものを、最初から綺麗に出してくる。
だから、人間が考える前に、「分かった気になる」。ここが怖い。
便利だからこそ、脳みそを預け始める。気づかないうちに。僕も、「あ、これ危ないな」と思ったことがあります。
AIに整理してもらった内容を見て、「なるほど」で終わりかけた瞬間。どこかで小さなブレーキがかかった。
「いや待てよ」
「これ、自分の頭で確認したか?」
その小さな違和感が、結構大事なんだと思います。
AIに使われるのは、確かに危険です。
でも、包丁も、車も、電気も、全部そうです。危険だから禁止、ではなくて。どう使うか。
そのために必要なのは、“マネジメント力”なんだと思うんです。
情報を整理する力。本当に正しいか確認する力。複数を見る力。「これは危ないかもしれない」と考えるリスクヘッジ能力。そして、自分で最後に判断する力。
AIは、考える補助にはなる。でも、人生の責任までは取ってくれません。そこだけは、人間が持ち続けないといけない。
特に今、AIはどんどん身近になります。子どもも使う、高齢者も使う。仕事でも当たり前になる。だからこそ、
「AIを使うな」ではなくて「道具として正しく使おう」そこが大事なんだと思います。
便利なものって、慣れた頃が一番怖い。
車もそう。
スマホもそう。
ネットもそう。
AIも、たぶん同じです。だから、見つけた情報をすべて信じるのは危険。少し立ち止まる。違和感を大切にする。「本当にそうか?」を残しておく。その小さな理性が、これからの時代、かなり大事になる気がしています。
命の危険って、山奥とか、特別な場所だけじゃない。日常のすぐそばにあります。情報も、同じなのかもしれません。
だから無理に拒絶しなくていい。でも、脳みそごと預けない。そんな距離感で、AIと付き合っていけたらいいなと思っています。
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ホーム>政党・政治家>山口 だいすけ (ヤマグチ ダイスケ)>「AIって危険ですよね」と言われるたびに、僕が思うこと