2026/8/19
8月4日から6日まで「原水爆禁止世界大会」で広島に行ってきました。
核兵器の廃絶を求め、広島に原子爆弾が投下された8月6日に合わせて毎年開催されています。
原爆投下前の広島には市民の日常生活がありました。平和公園のある場所も民家が建ち並んでいました。1発の原子爆弾によってすべてが破壊されてしまいました。
原爆は温度が3,000℃~4,000℃にもなり、爆心から半径2㎞のエリアが焼失しました。1945年末までに亡くなったのは14万人±1万人と、正確な人数もわかっていません。また、誰かわからない遺骨も今なお多数あります。
また、生き残った人も長きにわたって後遺症に苦しむことになります。
2日目の分科会では碑めぐりに参加しました。

平和記念公園の一番南には「祈りの泉」という大きな噴水があります。原爆が投下され、多くの人が水を求めて亡くなったことから、慰霊のための水です。

2歳で被爆した佐々木貞子さんが10年後に白血病で亡くなったのをきっかけに「原爆で亡くなったすべての子どもたちのために慰霊碑をつくろう」と同級生の呼びかけで、1958年5月5日に完成しました。

爆心地のすぐ近くにありながら倒壊を免れました。たまたま地下にいた1名のみが生き残りました。
現在でもレストハウスとして使われています。
閉会集会での、被爆者の方の「町は奇麗に復興しましたが人々の中には未だに病に苦しんでいる方々がおられることをまず覚えておいてください」という言葉が特に印象的でした。広島駅の周辺は開発が進み近代的な街並みですが、今なお原爆の後遺症に苦しむ人がいるという事実があります。
人々の生活を一瞬で破壊し、街を焼き尽くし、多くの人を犠牲にする。生き残った人も長期にわたって後遺症に苦しむ。これ以上非人道的な兵器はないと改めて実感しました。
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