2026/4/27
市議会議員選挙に出ると決めて、まず最初に両親に報告しました。
私は、きっと喜んで応援してくれるものだと思っていました。
しかし、返ってきた言葉はまったく違いました。
父は、こう言いました。
「お前なんかにできる仕事ではない」
「迷惑をかける前にやめろ」
母は、何も言わず黙っていました。
正直、意外でした。
父は、声をかけてくれた政党の長年の支持者だったからです。
だからこそ、なおさら驚きました。
ただ、そのときの私は、特に気持ちが揺れることはありませんでした。
私はもともと、人に相談することが苦手です。
いつも自分で考えて、自分で決めてきました。
それは家族に対しても同じです。
今回も、「相談」ではなく、報告でした。
すでに自分の中では決断は終わっていました。
だから父に何を言われても、正直、
「そうなんだ」
としか思いませんでした。
冷たく聞こえるかもしれませんが、それだけ自分の中では腹が決まっていたのだと思います。
当時の私は、草加に住んではいましたが、正直に言えば、まだ「寝に帰るだけの街」でした。
友人もいません。
地域とのつながりもありません。
草加で暮らしてはいても、この街の中に自分の居場所があるとは言えない。
そんな状態からのスタートでした。
今思えば、よくそんな状況で選挙に出ようと思ったものです。
それでも、あのときは進むしかありませんでした。
まだ会社に在職していた頃、初めて駅に立った日のことを今でも覚えています。
足が震えました。
今まで会社員として通っていた駅に、今度は政治家として立つ。
同じ場所のはずなのに、まったく違う景色に見えました。
周りの人の視線が気になる。
自分がここに立っていていいのか、そんな気持ちにもなりました。
そのとき、ふと思いました。
会社勤めをしていたとき、駅に立っていた政治家の方々は、こんな目線で街を見ていたのか、と。
それまでただ通り過ぎるだけだった駅が、その日から少し違って見えるようになりました。
知名度もない。
支援者もいない。
友人もいない。
本当に、何もないところからのスタートでした。
選挙に出ると決めたものの、今の自分に何ができるのか、何をすればいいのか、手探りの連続でした。
それでも、一歩を踏み出しました。
あのときは、不安がなかったわけではありません。
むしろ、不安だらけでした。
それでも前に進もうと思えたのは、自分で決めた道だったからだと思います。
こうして私は、何もないところから、初めての選挙に向けて動き出しました。
そしてその中で、会社を辞めるときにも、今でも印象に残っている出来事がありました。
次回は、会社を辞めたときの話を書きたいと思います。
草加市議会議員
斉藤雄二
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