2026/4/26
前回の記事で書いたように、地元の市議会議員の方から、何度も立候補の要請を受けていました。
しかし当時の私は、政治の道に進むつもりはありませんでした。
仕事は順調でした。
会社からの評価も高く、課長への昇格の話もいただいていました。
このまま会社でキャリアを積み、いつか地元に何らかの形で貢献できたらいい。
その頃の私は、そんなふうに考えていました。
本音は「今ではない」
本音を言えば、
「今、政治の世界に入るつもりはない」
それが正直な気持ちでした。
ただその一方で、市議会議員という仕事そのものに、まったく関心がなかったわけではありませんでした。
将来、何らかの形で関わることがあるかもしれない。
そんなぼんやりとした思いは、どこかにありました。
だからこそ、突然
「今すぐやってほしい」
と言われたとき、強く感じたのです。
「順番が違う」
まだ自分には、会社員としてやるべきことがある。
もっと仕事を経験し、力をつけた先に、地域のためにできることがあるのではないか。
そう思っていました。
それでも、毎週のように続く訪問の中で、考える時間は自然と増えていきました。
最初は、ただ戸惑うばかりでした。
けれど、何度も話を受けるうちに、自分の中でも少しずつ気持ちが動き始めていたのだと思います。
そしてあるとき、ふと思いました。
「出ると言わない限り、終わらないんだな」
半ば覚悟のような気持ちだったかもしれません。
ただ、今振り返ると、それだけではなかったとも思います。
心のどこかで、
「やってみてもいいかもしれない」
そんな気持ちが芽生えていたのも事実です。
20代の議員はいなかった
当時、草加市議会には20代の議員はいませんでした。
その現実を前にしたとき、私は思いました。
同世代の代弁者になろう。
私たちの世代は、いわゆる就職氷河期の世代です。
努力しても報われにくい。
思うように声を上げることができない。
そんな思いを抱えてきた人も少なくない世代だと思っています。
だからこそ、同じ時代を生きてきた一人として、その声を届ける存在がいてもいいのではないか。
そんな思いが、少しずつ強くなっていきました。
小さな勇気になれたら
自分が立候補したからといって、何かが大きく変わるとは思っていませんでした。
それでも、
この挑戦が、誰かの小さな勇気になればいい。
そう思いました。
自分と同じように、迷いながら生きている人。
声を上げたくても上げられない人。
一歩を踏み出したくても踏み出せない人。
そんな誰かにとって、
「こんな人でも挑戦するんだ」
そう思ってもらえる存在になれたら、それだけでも意味があるのではないか。
そう考え、私は市議会議員選挙への挑戦を決意しました。
今振り返れば、あの決断は人生の大きな転機でした。
それまで自分が歩んできた道とは、まったく違う世界へ進むことになったからです。
もちろん、不安がなかったわけではありません。
むしろ、不安のほうが大きかったと思います。
それでも、自分の中に少しでも「やってみたい」という気持ちが生まれた以上、その思いに正直になってみよう。
そう考えたことが、最終的な決断につながりました。
こうして私は、政治の世界へと一歩を踏み出しました。
しかし、その先に待っていたのは、これまでの人生で経験したことのない選挙の現場でした。
次回は、初めての選挙に挑戦したときの話を書きたいと思います。
草加市議会議員
斉藤雄二
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