2026/6/11
一般人ならともかく国会議員。皇族の属人的な評価と制度論を結びつけるのは厳に控えるべき。https://t.co/xLogMcZfgn
— 山尾志桜里 (@ShioriYamao) June 10, 2026
皇族数の確保策をめぐる議論について、元衆議院議員の山尾志桜里氏がこのような指摘をされていました。
発端となったのは、立憲民主党の蓮舫参議院議員の発言です。
9日の党内会合後、蓮舫氏は記者団に対し、養子縁組案への慎重姿勢を説明する中で「愛子さまへの支持とか理解が相当深まっているときに、今後の安定的皇位継承を考えるときに、私は養子よりも優先されるべきものがあると思っています」と述べました。
森衆議院議長の「養子の子は皇位継承権を持つ」という発言への違和感を表明されたこと自体は、一つの政治的立場として理解できます。
しかし、特定の皇族お一人への国民的な敬愛の高まりを、制度変更の根拠として持ち出すことには、私も強い違和感を覚えました。
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山尾氏の指摘の核心は、シンプルです。皇室典範という国家の根幹に関わる制度の議論に、「いま誰が人気を集めているか」という属人的な評価を持ち込むべきではない、ということです。
愛子内親王殿下が広く敬愛を集めておられるのは、紛れもない事実だと思います。
ただ、属人的な評価というものは、時代や状況によって移ろいうるものです。
「敬愛が深まっているから制度を変える」という論理を一度認めてしまえば、逆に「評価が下がったから制度を変える」という論理さえ成り立ちかねません。
百年単位で続く制度の設計を、その時々の世論や個人への感情に紐づけることの危うさ。
これは皇室に限らず、あらゆる統治機構の制度論に共通する原則ではないでしょうか。
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一般の方がご自身の敬愛の気持ちを語ることと、立法に責任を持つ国会議員が制度変更の根拠を語ることは、まったく重みが異なります。
だからこそ山尾氏は「一般人ならともかく国会議員」と厳しく指摘したのだと思いますし、この感覚は政治家として持ち続けなければならないものです。
皇族数の確保は、安定的な皇位継承にも直結する待ったなしの課題です。女性皇族の婚姻後の身分、養子縁組の制度設計、いずれも論点ごとに冷静に詰めていく必要があります。
立法府の総意を目指すのであればなおさら、感情論ではなく制度論で語る作法を徹底していただきたいと思います。
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